駆ける馬　１８７話

　　　　　ユニコーンＳ。

　　　　　レース名の由来は伝説上に登場する一角獣――ユニコーンの名を使用している。

　　　　　ユニコーンは神話で登場する事が多く、欧州では神聖な力を持ち純潔の象徴とされている。

　　　　　イギリス王家の大紋章にも用いられている程、有名な神話上の生き物であり、その高貴さは誰もが眼を虜にしてしまう。

　　　　　だが、別の伝説では獰猛な生き物として扱われており、螺旋状に捻れた角で相手を刺し殺す、と言われるほど凶暴で別の種族に感じてしまう。

　　　　　どの物語でも基本的にユニコーンの姿は、白馬に立派な螺旋状の黄金に輝く角が生えているのが特徴。

　　　　　閑話休題。

　　　　　中央競馬では唯一の３歳ダート重賞であり、フェブラリーＳと同距離、同コースで行われる。

　　　　　そのため、ユニコーンＳを勝利した馬は後にも一定した成績を残しており、出世街道に乗れるレースとも言われる。

　　　　　まぁ、未だ設立されてから時間がそれほど経過しておらず、ＧⅠ勝ち馬は１頭も輩出されていないが重要なレースの位置付けにはなるだろう。

　　　　　さて、現在のウインドバレーの人気は単勝３.２倍の１番人気であり、前走の若葉Ｓは度外視されているようだ。

　　　　　競馬新聞の主要誌はどれも◎が３つ～５つ程押されており、過剰人気ではなく実力を認められての印と言える。

　　　　　トップページには日曜日に行われる安田記念に関する事が多く書かれているが、ユニコーンＳに関する事もキチンと紙上に載っていた。

　　　　　ウインドバレーの評価は以下の通り。

　　　　　――前走の若葉Ｓは不良馬場＋初の芝レースだったので評価は度外視して、ダート戦で４戦３勝の方を成績として見た方が良い。

　　　　　――昇竜Ｓと端午Ｓの勝利馬も出走しているが、このコースでの実績と血統面も加算すると◎を押さざるを得ない。

　　　　　――中央３歳ダート馬では１番実力があると考えており、レース内で不利が起きない限り負ける要素は見当たらないだろう。

　　　　　これが競馬新聞主要紙でのウインドバレーに関する評価であり、絶賛されているのが窺える内容。

　　　　　他の競馬新聞でも評価されているが、大絶賛なのはこの３つ。

　　　　　現在の中央ダートは地方馬に太刀打ち出来ない馬が多く、その為にスターホースが望まれていると言っても良い。

　　　　　そこに北海道２歳優駿の勝ち馬ウインドバレーが筆頭候補に祭り上げられたと言っても過言ではない。

　　　　　ここ、東京競馬場周辺と地域は小降りの雨がシトシトと降り続けており、ダートは水分を吸収してしまい乾いた馬場から稍重になってしまった。

　　　　　バケツを引っくり返した様に土砂降りでは無いが、ユニコーンＳまでに出来れば止んで欲しいと願う秋子の姿が見受けられる。

　　　　「……過剰人気とこの雨の組み合わせは最悪です」

　　　　　はふぅ、と馬主席で小さく余裕のある溜息を吐く秋子だが、本心はプレッシャーに押し潰れそうな状況に違いない。

　　　　　中央重賞で１番人気になったのは初めてであり、その為他馬の馬主から声を掛けられているのだが、プレッシャーを上乗せしてくる様な発言が多い。

　　　　　何故ならば、大手牧場の馬を差し置いて１番人気になったのだから、嫌にでも声を掛けられる回数が増えるのは必然。

　　　　「……これが本当のプレッシャーですか」

　　　　　秋子はキリキリと痛むのだろうか胃の辺りを軽く擦りながら、何十もある他人の視線に晒されつつも、平然とした様子で競馬に集中をする。

　　　　　実際は腹の探り合いに近い会話で、相手を牽制し合っている状況が馬主席で行われている。

　　　　　そうこうしているうちにレース前の関東ファンファーレが鳴り響き、会話をしていた馬主達も一時中断して観戦。

　　　　　ウインドバレーは５枠６番とやや内よりなので悪くない場所であり、如何に囲まれない様に走るかが焦点になるだろう。

　　　　　そして、スタート。

　　　　　出遅れた馬は１頭もおらず、綺麗なスタートが切られた。

　　　　　ウインドバレーは先行勢よりもやや後ろ――７番手付近で１６頭立てのレースなので脚質で言えば差し。

　　　　　だが、ペースはウインドバレーを中心にして、先行勢と後方勢がクッキリと分かれてしまっている。

　　　　　簡単に言えば、この出走メンバーの中で１番強いウインドバレーが徹底的にマークされている立場。

　　　　　先頭を突っ走る逃げ馬はノーマークでマイペースの走りだが、２番手以降も逃がすつもりは無い様で徐々に差が縮まってきた。

　　　　　１０００ｍの通過タイムはジャスト１分と平均タイム。

　　　　　徐々に先行勢はペースを上げていくが、ウインドバレー以降――８番手からの馬はまだまだ位置を上げていかない。

　　　　　そして、最終コーナーの直前でウインドバレーが先頭を捕らえる為に動き出す。

　　　　　その動きに釣られる様に後方馬も上がっていくが、ウインドバレーをマークし過ぎた為、エンジンの差が如実に現れる結果になってしまった。

　　　　　東京競馬場を覆い尽くす歓声が響き、それを力にする様にウインドバレーが先頭から４馬身近くあった差を徐々に詰めていく。

　　　　　高低差が２ｍもある東京競馬場の名物である坂を駆け上がって、残り２００ｍ。

　　　　　ウインドバレーは騎手の鞭に反応し、ここから再加速でグンッと伸び、先行抜け出しを狙っていた馬を軽く捕らえる。

　　　　　これで、決着は付いたが猛烈に追い込んできた最後方の馬が一矢報える様にウインドバレーに首差まで追い詰めた所がゴールだった。

　　　　　秋子は誇らしげに小さくガッツポーズを披露し逸る気持ちを抑えつつ、他馬主からの賛美を浴びながらウイナーズサークルに向かって行った。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。