北海道日高地区は6月の蝦夷梅雨が到来しており、1週間近くぐずついた天気が到来し続けている。

     そのため繁殖牝馬と0歳馬、1歳馬が厩舎から放牧に余り出せない状況が続いているので馬達が苛立っている事が窺えてしまう。

     途中で雨がポツポツと降る事が多く、その時は直ぐに放牧地から引き上げる様にしているのだが、放牧時間よりも厩舎にいる方が長い状況。

     こうした状況が続くと馬のストレスが溜まってしまうので、如何にかしないと問題が出てきてしまう。

     馬房の中から出られないのが1番ストレス掛かってしまうので、負担を如何に減らすかが難しい。

     馬にとって一番のストレス解消方法は乾いた砂場で寝転がる事なのだが、現状の砂場は水分を吸ってしまい水溜りが幾つも出来てしまっている。

     この状態で砂遊びをさせると馬体がグチャグチャに濡れてしまい、風邪を引いてしまう可能性が高くなってしまう。

 

    「早く晴れてくれないと困りますね」
    「そうだな……本州に比べると蝦夷梅雨は短いとは言え、こちらの気が滅入ってしまう」

 

     秋子は窓の縁に両手を置き、空を覆い尽くすどんよりとした雨雲を睨む様に見上げて深く溜息を吐く。

     秋名は秋子の後ろで煙草を咥えながら、同じように灰色に染まった空を射付く様な視線でジッと睨んでいる。

     ザーザー、と雨が地面を打ち叩く音が室内まで聞こえてきて、一層と苛立つ状況が2人の間に流れてしまう。

     ユニコーンSが行われるのは6月の上旬――3日に行われるので、その頃には梅雨明けの時期が通り過ぎる辺りだろう。

     さて、先週のレースに出走した3頭の結果を。

     ミストケープの赤倉特別は軽ハンデを生かした走りで、勝利こそはしなかったが3着に食い込んでいた。

     サンシャインレディが出走した東京芝1600mの500万下は、あっさりと不安点を全て吹き飛ばしての勝利。

     1400m戦が2戦2敗のストームブレイカーは、今回だけかもしれないが意外と良い脚を発揮して2着。

     1着との差は1馬身程あったが、今まで成績を考えると十分な結果と言えるだろう。

     どの馬も掲示板に載ったので、先週は十分な成績を残したのでウインドバレーもこれに続くのが1番良い事。

     その前に、ユニコーンSの時はダートが乾いているのを期待するしかない。

     若葉S時の様に不良馬場になってしまうと、レース後の疲れが抜けなくなる可能性が高いし、後のレースにも影響が出てしまう。

 

    「現在のウインドバレーはどんな感じなんだ?」
    「ウッドチップのコースで2頭併せの調教を行い、徐々にピッチが上がってラスト1ハロンは13.3秒だそうです」

 

     次の調教――木曜日でキッチリと仕上がる様に調整されており、ユニコーンS後のジャパンダートダービーでは100%に持っていける状態。

     まぁ、体調がいくら良くても勝利出来ないのが競馬なので、臨戦過程が悪化した状況でも展開次第ではあっさりと勝ったりする。

     人ではなく、意思の疎通が手綱を通して行われる馬が走るのだから、結果がどうなるかは馬語が分からない限り不明。

 

    「ん、じゃあ調整は大丈夫そうだな」
    「ええ、明日の最終追い切りで仕上がる、と菊池調教師が豪語していましたし」

 

     そりゃあ楽しみだ、と言いたげに秋名は小さく力強く頷いて、不敵そうに口端を吊り上げている。

     現状では他馬の調教タイムに関してはまったくの不明だが、どの馬も重賞制覇の為に80%近くの仕上げで出走する筈。

     100%――渾身の仕上げで出走してくる馬もいる筈だが、その手の馬はジャパンダートダービーには出走辞退をする可能性が高い。

 

 

     ウインドバレーの調教タイムに関する事が話し終わり、秋子と秋名は並んで厩舎に向かおうとしていた。

     傘ではなく、全身を覆い尽くすブルーのレインコートを身に着けているので、外見は目元まで深く被ったフードの所為で表情が分かりにくい。

 

    「そういえば、祐一君の身長はどれくらいですか?」

 

     後、2年後には競馬学校に受験するので、出来るだけ身長は低い方が良い。

     んー、と秋名は左手の人差し指を顎に添えて、祐一の身長を自分の身長から引いて目視で計算を行っているようだ。

 

    「確か……145くらいだな」

 

     ふむ、と秋名は息子の身長が低い事を嘆く事無く、競馬学校受験時の事を考えたのかニンマリと表情を崩す。

     因みに秋名の身長は170cm前後と女性としては珍しくすらりとした長身なので、肉付きは女性らしく程良い状態。

 

    「祐一君にとっては名雪より身長が低いのは悔しいのでしょうか?」
    「どうだろうな? 騎手になる事を選んだならそれくらいで嘆かれても困る」

 

     名雪の方がほんの僅か――5cmくらい身長が高いので、下手するとドンドン差が付いてしまうかもしれない状況である。

     騎手として長身だと減量が非常に厳しいので、150前後から160代の身長の方が望ましい。

 

    「……まぁ、これ以上身長が伸びるなら、タンスの中で寝てもらうがな」

 

     秋名がポツリと呟いた一言は、秋子を驚愕させるのに十分な言葉だった。

 

 

     戻る      

 

     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。