穏やかな春風が日高地区に吹き、草木の香りや花の匂いを大量に運んでくる。

     Kanonファームには瑞々しく緑色に輝く牧草が雪の下から芽を出し始めて、春の到来を告げるメッセージがやって来た。

     そして、繁殖牝馬の放牧地には2頭の仔馬が母馬に近寄りつつ、周辺の風景や物を眺めている。

     本来なら今年は3頭の仔馬が産まれる予定だったが、そのうちクイーンキラの仔馬は死産により残念ながらスタート地点に立てなかった。

     産まれた仔馬の血統と性別は以下の通り。

     ニホンピロウイナー×フラワーロック……牡馬、鹿毛。

     サンデーサイレンス×ファントム……牝馬、黒鹿毛。

     特にサンデーサイレンスの牝馬は気性が荒く、牡馬に喧嘩を仕掛けるなどを行っており、4人の手を焼かせている。

 

    「痛いっ!!」

 

     名雪の腕には噂されたサンデーサイレンスの仔馬が噛み付いており、クッキリと白い肌が赤くなり痕が残ってしまう。

     仔馬は噛んだ後には颯爽と、名雪の傍から逃げて行くのが確認され、追いかけ様とするが生後1ヶ月も経った馬には追い付けない。

     はぁ、と名雪は腰に腕を当てながら溜息を深く吐いて、仔馬の様子を暫く見守ってから噛まれた箇所を擦りながら家に向かって行った。

 

 

     家に戻ると、秋子はリビングにあるブルーのソファーに深く腰を下ろしながら競馬番組――皐月賞を見ていた。

     既に直線が映し出されており、ミホノブルボンが逃げ切り濃厚な脚を披露して圧倒的な実力差を見せ付けている。

     そして、ゴールインをした時の着差はまさに一人旅だった言い切っても良い程余裕のある2.1/2馬身。

     この差はダービーで何処まで埋められるかが、どの陣営も課題として残る結果になってしまい、頭を抱えている事だろう。

     因みにウインドバレーが出走した若葉Sのメンバーはナリタタイセイが2着、マヤノぺトリュースが5着。

     そして、優勝馬のセキテイリューオーが6着とあの馬場では疲労が残ってしまったのが如実に分かるレースだった。

 

    「出走させなくて良かったんじゃない?」
    「そうね……現状で出走させたら惨敗する可能性が高そうだったわね」

 

     現在、ウインドバレーは脚元の不安になっているのでKanonファームに放牧されており、春のローテーションは白紙状態。

     故障による長期休養とは違うので、不安が取り除かれた時点で帰厩出来るのでノンビリと待つしかない。

     無理してローテーションを組み込む事は可能だったが、今後の事を考えると放牧を選択したのは皐月賞の結果を見る限り正しいと言える。

 

    「それにしても、あの仔馬気性が悪すぎるよ……」

 

     秋子に噛まれた部分を見せながら名雪はボヤクが、秋子も秋名も祐一も噛まれているので苦笑いを浮かべるしかなかった。

     良く見ると、秋子の三つ編みも噛まれた痕として僅かに毛先に仔馬の涎が付いていた。

     なるほど、と名雪は小さく頷いてから自己完結してしまう。

 

    「でも、あの気性がレース面で出てくれたら頼もしいわね」
    「そうだね。その点に関しては頼もしいと思うよ」

 

     秋子は腕を組みつつ、スラリとした足を組み替えてからニコリと微笑みながら願望を述べる。

     実際にサンデーサイレンスはレース中にライバル馬を噛み付きに行く程の闘争心を剥き出しにして勝利を掻っ攫った経験を持つ。

     その時のレースはプリークネスS――アメリカ牡馬3冠のうち1つであり、ピムリコ競馬場のダート1900m。

     サンデーサイレンスが勝利した時は3コーナー直前から、ライバル馬のイージーゴアに競り掛けて鼻差で勝利した程でベストレースに選出。

     この時のレース振りは、抜かれたら猛獣の様に獲物を捕らえる勢いで噛み付きに行ったと言われるほどの気性を見せ付けていた。

     なので、秋子がその願望を口にするのは別に考えられない事ではない。

     皐月賞の表彰式が終わったので秋子はTVの電源を消してから軽く背伸びをしつつ、立ち上がろうとする名雪が口を開く。

 

    「クイーンキラはいくらの値段が付いたの?」

 

     ピンと秋子はスラリとした指を見せ付ける様に3本出すと、名雪は意外そうな表情を浮かべてしまう。

 

    「300万か……意外と高値だったね」
    「多分、未勝利馬だけどダート向きの血統が評価されたからだと思うわ」

 

     今はダート血統の需要がそれなりに広まっており、短距離血統程ではないが人気が出てきている。

     その理由は地方馬に重賞で勝つ為に、ダート血統を取り入れたりする動きが増加。

 

    「それはそうと、馬名は決まった?」
    「ブルーフォーチュン以外はまだ」

 

      そろそろ決めるけどね、と名雪は達観したように呟いた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。