ザーザー、と空全体は灰色の分厚い雲に覆われつつ陽光を遮られている代わりに雨が降り注ぐ。
週末の兵庫県宝塚市は大量に雨が降っており、コンクリートに降り注ぐ雨の音がつんざいている状況が朝から続いている。
その為、土曜日とは言え外を出歩く一般人の数は少ないが彩りの傘が雨雲に負けず華やかに様々な色が開いていた。
3月の下旬とは言え、これだけの雨が降ると一気に気温は下がり花冷えと言っても良い位。
そんな中でも競馬は施行されているのだが、この天候では観客動員数が激減してしまうので競馬主催者としては実に無念だろう。
だが、この状況では芝はグチャグチャに濡れており、ダートは有明海で見られる干潟の様に水分が浮き上がった状態。
その為、第1レースから波乱満ちた結果を連発しており、大万馬券こそは1つも出ていないが1番人気の馬が敗北を繰り返している。
勝ち馬の脚質は逃げと先行に分散しており、差しと追い込みの馬は辛うじて1回だけ馬券圏内に入ったのみ。
これでは、ウインドバレーの基本的な脚質――差しでは厳しいと言わざるを得ない。
ダート戦での走りが、この雨の中でも発揮出来れば勝率は格段に上昇するが、雨中のレースは一度も経験をした事が無いのがネック。
馬によってはいくらダート戦が強くても、それは乾いたダートのみで能力を見せ付けるタイプもいるので過信は出来ない。
秋子はTVで阪神競馬場の様子を見ながら、時折脇見をしながら競馬新聞を読んでいる状態。
主に若葉Sに関する部分をじっくりと隅々まで読んでいるのだが、ウインドバレーの評価は微妙とも言えるくらいの印がちらほら。
その詳細は△▲△△注、と5番人気辺りが妥当であり、上位人気陣には敵わないと見られているようだ。
ただし、この印は雨の事が公算されていないので、現在に作られるとしたらもう少し厚い印が押されるだろう。
競馬新聞の短評には調教評価がA、前日体調評価は好気配と手応えが良い事を表している。
「体調はバッチリの様ですね」
秋子はその評価に関して安堵の溜息を吐くが、レース中になってしまえば当てにならないのが事実。
これだけ体調が良くても、レース展開であっさりと惨敗する事が有り得るので安心は決して出来ない。
どんな名馬でも展開が向かずに敗れた事は無敗馬でも無い限り、起こりえる事なのだから。
若葉SのパドックがTV放送される時間になったので、秋子は新聞から視線を離して、画面に釘付けになる。
阪神競馬場のパドックには雨天時にも傘を差さないで見られる全天候型の屋根があるので、馬の馬体には一筋も濡れていない。
TV画面からは阪神競馬場特有のパドック音楽が流れており、出走馬10頭は颯爽とパドックの内周を厩務員に曳かれて歩いていた。
ウインドバレーのライバル馬もやはり、皐月賞のチケットを得るために80%程の仕上がりで狙っているのが窺える。
現状の1番人気馬はエアジョーダンとマヤノぺトリュースが分け合って、それに続くのがナリタタイセイ。
その後にセキテイリューオー、ウインドバレーとなっており、この5頭だけが1桁台のオッズ。
「ウインドバレーは8.2倍ね……もうちょっと人気が合っても良さそうね」
「人気はどうでも良いから皐月賞への切符の方が大事だよ」
名雪の言葉は人気よりも着順を重視しており、レース結果に気をかけていると言える。
ウインドバレーのパドック様子は、キビキビと厩務員を引っ張るように力強い歩きを披露しており、馬体の張りもベストに近い。
馬体重は前走から+6kgとヒヤシンスSから減った体重を戻しているので、体調には不安は無いだろう。
そして、パドックを数週した所で競馬協会職員の合図――とまーれ、の声で全頭がその場で停止してから整列していた騎手が騎乗馬に向かっていく。
一言二言の会話――調教師と騎手が作戦の打ち合わせを行ったのか、その後はお互いに喋らず厩務員に曳かれてウインドバレーが地下道に消えていく。
数分後。
ゼッケン1番の馬から順次に本馬場入場が行われ、TV画面にはその馬の成績と騎手の顔写真が表示されている。
ウインドバレーの騎手は7枠8番であるオレンジ色のヘルメットを被って、勝負服の上には雨に濡れないようにレインコートを着込んでいた。
勝負服に水分――雨が吸い込んでしまい、斤量が別の意味で増えてしまうのでそれをカバーする為にどの騎手も着込んでいる。
ウインドバレーは落ち着いた状態で、早足のまま馬場状況を試すように輪乗り所まで駆けて行く。
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この話で出た簡潔競馬用語
注1:ナリタタイセイ……この時点では若駒Sの勝ち馬。
注2:セキテイリューオー……トウショウボーイを父に持つ。