先週のレースはそこそこの結果となり、1・0・0・2と1着1回、4着と5着が1回ずつ。

     これで今年の全成績は2勝目なのだが、OP戦を勝利しているので取得賞金はそれなりに蓄えられたと言えるだろう。

     そして、今週末にはウインドバレーが若葉Sに出走し、皐月賞への出走チケットを得るために芝レースに初挑戦。

     菊池調教師からの連絡によるとウインドバレーに対する調教場所とタイムが毎回、通知されているので体調が良好になっているのが伝わっている。

     水曜日に行われた最終追い切りは美浦坂路を強め4ハロン――800mから測定し、徐々に加速して最後の1ハロンからゴールまでは12.9秒。

     今回は闘争心を引き出し過ぎないように、他馬と極力接触を行わない様に単走で追い切りを収めた。

     美浦トレーニングセンターの坂路は全長1200mもあるが、勢いを付ける為の平坦コースが400mもあり、そこから徐々に高低差が増えていく。

     栗東の方は高低差が26mもあるが、美浦の方が18mと低い分平坦コースが長いのが特徴。

     因みに栗東は出来てからまだ数ヶ月しか立っていないので、なかなか坂路調教の加減が不明なので故障馬の数が続出していた。

     そんな中でミホノブルボンは鍛えられているので、坂路の申し子と呼ばれているのが理由。

     上手く若葉Sで2着までに入れば、皐月賞でミホノブルボンとの対決が可能になるだろう。

     今週の土曜日に若葉Sが行われ、日曜日にはスプリングS――ミホノブルボンが始動する中山芝1800mのG�供�

     既に若葉Sへの出走登録が済んで、土曜日に待ち受ける相手は現時点の頭数はウインドバレーを含めて10頭。

     その中には重賞勝ち馬が2頭いるので、メンバーの質は高い方だろう。

     未勝利から共同通信杯まで3連勝を飾ったエアジョーダン。

     勝ち上がりは4戦目と遅かったが、シンザン記念の勝ち馬マヤノぺトリュース。

     スプリングSの方にはラジオNIKKEI杯の優勝馬――ノーザンコンダクトがミホノブルボンに挑戦状を叩きつけている。

     こうした情報が出回る事で、クラシックの時期が刻々と近付いて来た事を実感出来る。

 

 

     秋子が今年繁殖牝馬に付ける種牡馬を考えていると、甲高い玄関のチャイム音が自室まで鳴り響き、誰かが訪問して来た様だ。

     トタトタと秋子は小走りでスリッパ音を響かせながら玄関に向かい、少しだけドアを開いてから訪問客の顔を覗く。

     その隙間から見えたのは栗色の柔らかそうな長い髪が風に揺られてなびいており、意思が強く優しさを湛えた茶色の瞳。

     ニコニコと朗らかな表情を覗かせて、秋子に対して軽く会釈をしてくる少女――14、15歳程で幼さを残している顔。

     上品な佇まいは名家のお嬢様と言っても差し支えなく、日焼けしていない白い肌が女性らしさを醸し出している。

     服装は春の陽気さに合わせて、薄いピンクのハイネックセーターの上に腕全体覆いつくすほどの白いケープを羽織っていた。

     スカートは紺色のロングスカートで、裾には丹念に質が良さそうなフリルをあしらって、足元は薄茶色のロングブーツ。

     そして、何よりも特徴があるのは大サイズであるグリーンのリボンが髪に結ばれていた。

     秋子は、その少女の顔を思い出そうとして暫し思考していた様だが、ピンと思い出したのか、恐る恐る口にする。

 

    「もしかして……佐祐理ちゃんかしら?」
    「はい、そうです。お久しぶりですね秋子さん」

 

     佐祐理はニコリと微笑むと、秋子も釣られるように微笑んで佐祐理を家に招き入れた。

 

 

     リビングに置かれている青いソファーに座り、秋子は佐祐理の目の前に淹れ立てのホットコーヒーが入ったシンプルなカップを置く。

     いただきます、と佐祐理は一言発してから、ゆっくりとコーヒーカップを艶のある唇に軽く付ける。

 

    「それにしても……佐祐理ちゃん綺麗になりましたね」
    「あ、あはは。ありがとうございます」

 

     佐祐理の頬は僅かに赤みを帯びおり、面に向かって言われたのが恥ずかしかったのが手に取るように伝わる。

     暫し、秋子が淹れたコーヒーの味を楽しむ佐祐理と秋子。

     そして、カップ1杯分のコーヒータイムが終了すると、秋子から話題を振り出す。

     佐祐理は1984年からイギリスに滞在していたのだが、今年になって帰国するのも何かしらの理由があった筈なので、その事を聞き出す秋子。

 

    「私は騎手になりたいんですけどイギリスで父の名がある程度知られてしまったので、こっちでなった方が“お嬢様”だと言われなくて済みますから」

 

     多分ですけどね、と最後に付け加えてからチラリと可愛らしく舌を出す佐祐理。

     その言葉が出るほど、倉田 隆道氏の名前は広まって来ているのだろう。

     佐祐理の父である隆道氏の影響によるものか自身で考えた結果なのかは不明だが、どちらかと言うと佐祐理は乗馬の方が似合っている雰囲気。

 

    「という事は、来年は競馬学校受験ですね」
    「はい、そういう事になります……所で祐一君も騎手になるつもりなんですか?」
    「ええ、本人はその気の様ですが、会っていきます?」

 

     佐祐理は艶のある唇に人差し指を軽くあてて、熟考をしていたが暫くして首を左右に振り、拒否した事を示す。

 

    「祐一君が競馬学校に受験した時に脅かそうと思います」

 

     その台詞は合格に自信がよっぽどある事を示す強い口調で佐祐理の表情は悪戯っ子――小悪魔的にニコリと微笑んでいた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:エアジョーダン……馬名の意味は某バスケット選手から。
     注2:マヤノぺトリュース……シンザン記念以外はきさらぎ賞の2着あり。
     注3:ノーザンコンダクト……ノーザンテーストを父に持つ。