本年度の新種牡馬展示会が行われる事がTVのCMで表示されており、秋子はジッとその画面を見続けている。

     紹介馬の詳細に関しては1分程度のCMでは伝えきられないので、新種牡馬の中で最も人気が高いと思われるのだけが表示されていく。

     馬体と馬名だけなので、血統や成績は表示されていないので本当に有名所だけにスポットを当てているようだ。

     秋子の元には既に資料が行き届いているようで、秋子はCMが終わるとサイドボード上に置かれている資料を読み始める。

 

    「今年はヘクタープロテクターと……ダンシングブレーヴですね」

 

     ヘクタープロテクターはウッドマンを父に持つミスタープロスペクター系の血統でフランス2000ギニーまで8連勝している。

     そして、ダンシングブレーヴは欧州至高の馬と言われる程の実力馬であり、3歳時に凱旋門賞を制覇している。

     凱旋門の国際クラシフィケーション――レーティングでは141と歴代名馬に匹敵する。

     因みにトップはシーバードの145が最高であり、他にはブリガディアジェラード、リボー、ミルリーフの4頭がダンシングブレーヴより上位に。

     これほどの名馬が日本に輸入されたのは奇病――マリー病に感染した事で処分間際だったので競馬協会が購入した。

     マリー病とは主に鳥に罹る病気であり、歩行面に問題が出てきてしまう難病なので完全な治療は不可能。

     処分されるよりは日本で種牡馬として活躍の場を見つけられた事だけでも幸運かもしれない。

     日本軽種牡馬協会に寄贈されたので種付け料は安いが、種付け数を抑えて一定数の申し込みをオーバーすると締め切ってしまう。

 

    「ダンシングブレーヴは良さそうですけど……やはり、マリー病が気になります」
    「マリー病は遺伝するのか?」

 

     いつの間に秋子の対面に座っていた秋名は煙草を指先に挟んで、口元に運んでいる。

 

    「馬から馬への感染は無いようですが、遺伝するかは不明です」

 

     なるほど、と秋名は頷いてから新種牡馬資料に掲載されているダンシングブレーヴの写真を見始める。

     来日直後に撮られた写真なのか、たてがみはボサボサ状態でガリガリに痩せてしまっていた。

 

    「……これがダンシングブレーヴか?」
    「ええ、そうみたいです」

 

     秋名は他の部分を見るが、その体調が悪い時の写真以外は見つからないので不安を増長させてしまう。

     因みに欧州では3年間の種付けを行っているが、未だにこれと言った活躍馬は輩出していない。

 

    「名馬、地に墜ちるとはこの事か」

 

     それほどみすぼらしい風体であり、秋名が顔を顰めてしまうのが納得出来る状態なのだから。

     しかし、これだけの成績ながら種付け料は100万とリーズナブルなのはありがたい状況。

 

    「一度付けてみたいですけどね」

 

     配合相手は決まっていませんが、と秋子は注釈を付け加えてから別の新種牡馬資料を開く。

     抽選で種付け権が決まるので、種付け料を払えば可能と言う訳ではないのが日本軽種牡馬協会の特徴。

 

    「ヘクタープロテクターの方は早熟馬が欲しい分には良いかもな」

 

     3歳の8月頃まで継続出来るスピードが魅力的に映るが、それ以降の成長力は疑問視が残ってしまうのがネックだが。

     まぁ、現在のスピード競馬に対応する為の馬になると思われるので需要はあるだろう。

 

    「後の輸入種牡馬はアリダーを父に持つクリミナルタイプですかね?」
    「ミスタープロスペクター系のスキャンも良いと思うが」

 

     因みに今年の輸入種牡馬数は10頭と、去年の20頭よりも大きく減少しているが質は劣っていない。

 

 

     そして、今年から種牡馬入りする国産馬はハクタイセー、バンブーメモリーなどやや小粒な印象。

 

    「これなら輸入種牡馬の方が良さそうですね」
    「そうだな……小粒過ぎるしな」

 

     唯一、良さそうなのがバンブーメモリーであり短距離GⅠ2勝の影響が出れば走る産駒もあり得るだろう。

     今年からは繁殖牝馬の数が4頭――ファントムとフラワーロック、クイーンキラ、そしてエレメントアロー。

     なので、配合の幅が広まったのは確かだが種付け料の上昇を如何に抑えるかが問題の1つ。

     去年のようにサンデーサイレンスなど高額馬の種付けは簡単に行えなくなったが、その分様々な血統を取り入れる事が可能。

 

    「走る産駒が分かれば配合が楽なんだがな」
    「それだと配合を考える楽しみがありませんよ」

 

     秋子はニコリと微笑んでから、新種牡馬資料を封筒に仕舞い込んでからサイドボードの上に戻した。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ヘクタープロテクター……GⅠは4勝しており、英ダービー4着などの実績がある。
     注2:ダンシングブレーヴ……凱旋門賞以外はキングジョージ&クイーンエリザベスを勝利している。
     注3:シーバード……凱旋門賞を6馬身差で勝利したり、フランスの至宝。
     注4:リボー……16戦16勝と無敗のままであり、主な勝ち鞍は凱旋門賞2連覇。
     注5:ミルリーフ……欧州3冠を達成しており、種牡馬としても成功。
     注6:ブリガディアジェラード……18戦17勝もしており、負けたレースはロベルトに敗れた。
     注7:アリダー……アメリカ3冠で全てのレースで2着に敗れてしまったが、種牡馬成績ではアファームドを超える。
     注8:クリミナルタイプ……欧州では成績が悪かったがアメリカに移籍後に 成績が安定した。
     注9:スキャン……掲示板を外したのが1度だけと、安定した走り。