祐一がコースを一周し終わると、今まで走らせられなかったので祐一の表情は開放感があった。
トン、と祐一はポニーから飛び降りる。
バランスが悪い鐙を蹴って、飛び降りるのはこの年齢ではなかなか出来ないだろう。
慌てて秋名と皐月は手綱を捕まえてホッ、として胸を撫で下ろす。
代わりに有希はパチパチと拍手をしているので、大人二人の行動に首を傾げる祐一だった。
大人二人はしっかりとポニーの手綱を掴んだまま、祐一を怒鳴る。
ビクッと身を竦ませる祐一。
ポニーはピクピクと交互に耳を動かして、不安そうであった。
なんとなく祐一とポニーの息があってる、と有希は呟くが怒っている大人二人と怒られている祐一には聞こえない。
「……まったく、今度同じ事をしたら一週間騎乗無しだからな」
祐一は直ぐに謝るが、秋名の機嫌はそっぽ向いているままなので直らなかった。
皐月も同様の考えなのか、コクコクと頷いているので有希はしっかりと自分も気を付けようと心に刻む。
その後も暫く小言を言われる祐一だが、秋名も言う事が無くなったのかポニーを返しに厩舎に向かう。
皐月も一緒にポニーを厩舎に戻すために、片手で有希を抱っこして下ろす。
因みに手綱は秋名に握ってもらっている。
「じゃあ、ちょっと待っていてね」
そして、大人二人はポニーを並んで曳きながら厩舎に向かい、その場には子供二人がポツンと残った。
んー、と祐一は小さく背伸びをしてから柵に寄り掛かる。
有希は何を話そうか迷っているらしく、あう、など訳の分からない言葉しか出てこない。
「……ポニーに乗ってどれくらいなの?」
祐一は指を立てながら1……2、3と数えていき、一週間近くと答える。
もっと乗っているかと思った、と呟く有希。
逆に祐一も聞くが、有希は今日が初めての騎乗なので、初めてだよと答えるしかない。
「随分、余裕があったけど?」
たまたまだよ、と有希は謙遜して言うが、母親が騎手なので時々だがトレセンに連れてって貰えるので馬は慣れている。
とは言え、出来た事は恐る恐る人参をあげたり、触るくらいだけだったが。
それでも、騎乗時間となると祐一の方が多いのだが、数時間くらいの差ではたいした事は無い。
秋名は慣らす事を重点に置いているので、騎乗時間は気にしていないようだ。
この事は話終わったが、もう一度話そうとするが話題が無く、二人は沈黙してしまう。
暫く、待ちぼうけになっていると大人二人が会話しながら戻ってくる。
口の動きしか見えないので、何を喋っているかは分からない。
多分、競馬の事だろうな、と子供二人はお互いに思っていることだろう。
「じゃあ、そろそろ帰るぞ」
うん、と祐一は小さく頷いてから有希に向かって大きく手を振る。
有希も釣られて、ぶんぶんと両手で大きく振りながら祐一が見えなくなるまで続けていた。
「私たちも帰るよ」
皐月はまだ祐一に向かって、手を振っている有希を微笑ましく見ながら言う。
ふふっ、と皐月は笑い、祐一君に惚れた? と耳打ちするが有希の反応は首を傾げただけ。
まだそっちの方は疎いらしく、しきりに首を傾げて意味を聞こうとするが皐月は飄々とかわす。
「いつか、分かるようになるよ」
そう言って皐月は先に歩きだし、有希は慌ててトコトコと走って追い掛けて行った。
家に帰ると丁度良いタイミングで秋子が料理をする所であり、秋子は秋名を捕まえて無理矢理手伝わす。
秋名は駄々をこねるが、今日はあまり牧場の事を手伝っていないのでその事を言われると秋名は従うしかなかった。
「……面倒だ」
「姉さん?」
秋子は微笑んでいるが、言葉には威圧感がありキッチンに圧迫感が現れ、秋名は冗談だ、としか言えなかった。
すると、圧迫感は消え、秋名は渋々と手伝い始める。
ここは秋名の実家だが居候に近い扱いなのは仕方が無い。
3人を食べさせているのは秋子なのだから。
その頃、祐一と名雪は2頭の繁殖牝馬を厩舎に戻して、飼い葉を与える準備をする。
既にブラッシングは秋子が終わらせているので、飼い葉やりは二人の仕事である。
祐一は台に乗って、掛かっている水桶に水を大量に入れる為にホースを持つ。
水が一杯になるのはかなりの時間が掛かるので、その間に名雪は飼い葉桶にエン麦などを入れ終わる。
「ねえ、祐一。乗馬楽しい?」
名雪はよたよたとよろけながら飼い葉で重くなった飼い葉桶を吊るしながら、祐一に質問を投げかける。
祐一は力強く頷き、名雪を羨ましがらせる。
「わたしも一度は乗りたいなー」
名雪はぼやくが、秋子からOKサインが出ないと乗れないのだから仕方が無い事であった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。