有希が騎乗したポニーは芦毛であり、白より灰色に近い馬体で、所々に黒い斑点がある。
黒い斑点は歳を取るたびに白くなるので、人で言うと白髪にあたる。
有希はギュッと手綱を握り締めており、恐怖心がポニーに伝わっているので横から皐月が声を掛ける。
「落ち着かないと落ちるよ」
「う、うん」
ポンポン、と有希の優しく肩を叩いて強張っている身体をリラックスさせる。
まずはレース用のコースではなく、芝生が敷いてある場所に向かう。
ここなら、落馬してもかすり傷などの怪我はしにくい。
「どう? 視線が広がった感想は?」
「……凄いね」
手綱を片手だけ放して、夕焼けでオレンジ色に染まった空を掴むように手を伸ばしてみるが、空は掴めない。
皐月は微笑みながら、娘の行動を眺めてから一緒に空を見上げる。
「もっと、大きい馬に乗ったら空は掴めるかな?」
「……少なくとも私は掴んだ事無いなぁ」
皐月は同じように掴む真似をしてみるが、空に届かないのは当たり前だが、それでも手を伸ばす。
皐月は溜息交じりで、スッと手を下げてからポニーを曳く。
有希は何故、母親が溜息を吐いたのか分からないので首を傾げつつ、しっかりと手綱を握りなおす。
「じゃあ、ちゃんと手綱持ってね」
握っているよー、と有希が言ったので、皐月はポニーをゆっくりと曳く。
二人と一頭の影は、長く伸びて別の生き物の形になりながら実体と一緒の動きで着いていく。
30分程、皐月はポニーを広々とした牧場地を曳くが、有希は楽しげな表情で声を弾ませている。
が、ポニーを曳いている皐月の方は疲れが出てきており、流石に歩くペースが落ちている。
柵に囲まれている場所だが平坦では無く所々が坂になっており、芝が生えているので足が捕らえられやすい。
「ちょ……ちょっと休憩」
ふうふう、と息を整えながら芝生に腰を下ろす皐月。
芝生は晩秋なので既に冷たくなっており、皐月の熱くなった身体を冷ますにはちょうど良かった。
「お母さん、だらしないよ」
「う、うるさいわね」
歩いた回数より、緩急を付けて走った回数の方が多いのだから、疲れは増す。
有希が走って、と言わなかったら、ここまで疲れる事は無かったが嫌と言えないのが母親らしかった。
「気持ち良かった?」
「うん!! 楽しいよ!!」
皐月はふふっ、と満面の笑顔で微笑んで、立ち上がってから有希の頭を撫でる。
くすぐったげに有希は身をよじる。
「そろそろ、祐一君の所に行ってみる?」
うーん、と子供らしく考えているので皐月はクスッ、と声を洩らして笑う。
皐月は有希が決める前に、手綱を曳いてレース用のコースに向かって行く。
何か言いたげに有希は口を開くが、ポニーが揺れている時に口を開いたのでタイミング悪く舌を噛んでしまう。
皐月は気付かず、そのままポニーを曳きながら相沢母子の場所に向かって行った。
相沢母子がいる場所に戻ると、祐一は未だにポニーを歩かせている事が不服のようで、頬を膨らませいるのが見える。
「走らせたいよー」
あーもう、と秋名は叫びたくなる衝動を抑えて、深く溜息を吐いてから皐月が戻ってきた事が気付く。
秋名は肩をすくめてオーバーリアクションをしながら、後ろを振り返ると皐月は苦笑いを洩らしていた。
「走らせてあげたら?」
秋名は皐月に言われたので、少しだけ考える仕草をしてから、もう一度溜息を吐いた。
「……一周だけだぞ、有希ちゃんも走らせてみるか?」
ふるふる、と小さく頭を振るので絹糸のように細かい髪が乱れる。
祐一は許しを得た途端に、水を得た魚のようにいきいきとした表情でポニーの腹を蹴って走らせる。
とは言え、あまり早くないので、祐一は不満そうだったのだが。
皐月と秋名は大人の会話らしく、何かを喋っているが有希は興味ないが無いので、祐一を見る。
有希の視線は祐一を追っているが、どちらかと言うとポニーの方に目を奪われている。
夕日の輝きによって地面には人馬一体は程遠いが、一つの影が大きく結成しており、まるで、騎手とサラブレットのように。
有希はその影をキラキラとした表情で見つめており、暫くすると口を開いて言葉を呟く。
「私もお母さん見たく、騎手になろうかなー」
有希が呟いた言葉は皐月に聞こえる事無く、空に消えていった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。