チラリチラリ、と細かい雪が降り始める冬の時期が到来した。
現在は12月であるのだが、競馬場の熱気は冬の寒さを凌駕するほどの体感気温になっているだろう。
今年の競馬はもうすぐ全て終わり、来年には新たな2歳馬がデビューする様に何度も時は繰り返される。
Kanonファームの生産馬である、エアフリーダムとエレメントアローは今年一杯で引退するのが確定している様に世代交代は近い。
引退による世代交代は適度に行わないと、中小牧場で新参馬主の秋子にとっては負担が大きくなってしまう。
そして、たった今2頭の引退レースが終わった所で結果はエレメントアローが10着、エアフリーダムは9着。
エレメントアローの成績は17戦4勝3着1回。
エアフリーダムは16戦4勝3着1回。
共に似たような成績でOP戦まで昇格したのだが、壁が高かったのかその後は惨敗を続けていた。
エレメントアローは間違いなく繁殖牝馬として牧場に戻れるが、エアフリーダムは家畜商に売却されるのが関の山。
確定した事なので覆す事は不可能であり、既に引退後の扱いになっているためエアフリーダムは家畜商の牧場に連れて行かれるのを待つのみ。
そして、エレメントアローはKanonファームに繁殖牝馬として受け入れられるのだが、走る仔が輩出されなければ故郷を追われるだろう。
こうして、より早いサラブレットを生産するために世代交代が行われ、走らない馬は淘汰されていく。
因みに現在のKanonファームの現エース馬は間違いなく、ウインドバレーがトップの地位に座している。
現在は2戦2勝なので、経験はサイレントアサシンとサウンドワールドには敵わないが重賞制覇がある時点でその点は凌駕しているだろう。
そして、来週には全日本2歳優駿に出走する事が確定しているのだが、簡単に勝利出来るほどメンバーは手薄ではない。
「無闇に重賞制覇してしまうとローテーションが限られてしまいますね」
秋子はちょっとばかり肩を竦めて、勝者の悩みを始めて実感するがこの問題は中央競馬にもある。
それは2歳戦にはダート重賞が地方以外1つも無いので、必然的にローテーションは限られてしまう。
2歳牡馬と牝馬の最終目標は全日本2歳優駿だが、中央競馬の2歳馬は下手すると500万下の勝利だけで出走が可能になっている。
中央には2歳ダートOP戦も無いので、地方に出走しない限りローテーションの幅が少ないと言う事情。
「まぁ、仕方ないだろう。レース数が少ないのが事実なんだから」
競馬協会がダートレース数を増やさない限りな、と秋名は一言付け加えてから指先に挟んでいた煙草を吹かす。
秋子も納得していないようだが、競馬協会が動かない限り改革はされないのが事実なので、中小牧場であるKanonファームは生産を続けるしかない。
秋子は端麗な眉を八の字にしつつ、眉間に皴を寄せて不機嫌な表情である物を睨んでいた。
その物体は数センチ程の厚さを持つ、雑誌――正確には家計簿兼成績表であり、秋子が不機嫌になるのも当然。
「7月以降の勝利数が悪いですね……ウインドバレーの勝利だけが印象に残り過ぎたかもしれませんね」
秋名はそれを奪うように引っ手繰って、ジックリと隅々まで見渡すと眉を顰めて呻き声を洩らしてしまう。
7月以降の勝利数がウインドバレーの2勝を含めて、ミストケープの2勝とルリイロノホウセキの1勝のみだった。
掲示板への入着はそれなりにしているのだが、2着の回数は1回なので微妙と言わざるを得ない。
「ウインドバレーの北海道2歳優駿の勝利で一応カバーは出来ているのか」
“一応”だけを強調して、秋名は見終わった家計簿兼成績表を秋子に手渡す。
来週と再来週で今年のレースは全て終わってしまうので、せめて1勝でも上乗せしたい状況だろう。
出走馬は今の所、ウインドバレーの全日本2歳優駿とストームブレイカーとサンシャインレディの未勝利戦。
ウインドバレーの方は入着で十分だが、未勝利戦の2頭は勝利して欲しい所だろう。
「もうちょっと出走数が増えた方が良いのかもしれませんね」
「……体調次第で良いと思うが」
現状ではエレメントアローとエアフリーダムが引退した事で、デビュー前の1歳馬を含めて、秋子は10頭所持している。
古馬が2頭のうちOPクラスが1頭、1000万下が1頭。
3歳馬は500万下と1000万下が1頭ずつ。
2歳馬はOP馬が1頭と未勝利馬が2頭、そして来年デビュー前の1歳馬が3頭。
これだけの所有馬がいるのだが、体調次第で使い分けていくのが正しいのかもしれない。
秋子と秋名の言い分はどちらも正しいので、どちらかだけを一方的に否定する事は出来ないのだから。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。