宴が終了した3時間後。

     どんな時でも習慣と言う物はキチンと発揮するのが分かる結果となっており、時計のベルが鳴り出す前に秋子はゆっくりと身を起こす。

     やはりと言うべきか3時間程度では寝足りないようで、瞼が何度も閉じそうになってしまうが数分もすると脳も覚醒し始めたようだ。

     秋子は欠伸を噛み殺そうとするのだが、寝足りない状況では欠伸の方が意思は強かったようで簡単には抵抗出来なかったようだ。

 

    「……さて、飼い葉を与えに行きますか」

 

     重賞制覇をしても基本的なルーチンワークは変わる事が無く、毎日の積み重ねが必要である。

     人の三大欲求の1つである食欲は馬にもあるのだから、これを忘れてしまうと栄養素が取れなくなり、馬の体調などが著しく変化してしまう。

     既に名雪と祐一が先に向かっている筈なので、ゆっくりとしたい所だがそうはいかない。

     風邪でもない限り、サボっていたら子供たちに示しがつかなくなって信頼感が無くなってしまう。

     秋子は色褪せたデニム生地のジャンパーを羽織って秋風が身に凍みる中、厩舎に向かっていく。

     秋子が厩舎に辿り着くと、今から2人が飼い葉を与えるようで砂利をプラスチック製の入れ物に入れる様な音がする。

 

    「おはよう」
    「おはよう、お母さん。昨日は随分とお酒を飲んだみたいだけど?」

 

     ちょっとした宴を、と秋子が教えると呆れるような表情を覗かせるが飼い葉桶に餌を入れる方を優先したようだ。

 

    「秋子さん、おはようございます」
    「おはよう。祐一君」

 

     祐一は寝藁を取り替える作業を行っており、1番やる事が多い仕事をこなしている。

     キョロキョロ、と秋子は周辺に視線を彷徨わせて何かを探しているようだがお目当ては見つからないようだ。

 

    「姉さんは?」
    「ああ、秋名さんなら気持ち悪いとか言っていたよ」

 

     やっぱり、と秋子は嘆息を吐きつつこめかみを押さえるようにポーズを取ってしまう。

     噂された本人はクシャミをしている頃だろうが、それを知る術がないので3人は気にせずに牧場作業を開始した。

 

 

     数時間後。

     全ての作業が終わり、時計は短針が9を、長身は11と12の間を指しており9時付近だと窺える。

     ようやく人が朝食を食べる番になったのだが、テーブルの上には3人分のトーストのみ。

     秋名の席には何も置かれずに、その周辺だけは食事が行われる状況がなり得そうもない。

 

    「……私の朝食は?」
    「働かざる者、食うべからず……姉さんが原因ですよ」

 

     ぐでー、と秋子の一言で秋名はテーブルに突っ伏してダウンしてオネダリするが、秋子はまったく出す様子が無い。

     秋名の朝食はご破算したと言い切っても良い位で、食事に関しては秋子に主導権があるので機嫌を損なったら誰もがこうなってしまう様だ。

     結局、秋名はテーブルに突っ伏したまま3人の食事を眺めているだけで、朝食にありつけなかった事を記しておく。

     そして、朝食後には秋子が何かを思い出したようで、カチャカチャと適当に弄ってからビデオデッキに入れたままのビデオを再生させる。

 

    「ああ、ストームブレイカーのレースか」
    「見ていたんですか?」
    「いや、牧場作業していたから見ていない」

 

     なるほど、と秋子が頷きかけた時に2歳新馬のパドックが映し出され始める。

     ストームブレイカーの人気は14頭中4番人気だったようで、なかなかの人気だったのが分かる。

     ただ馬体重が470kgと非常に重く、同レースに出走している他馬に比べると抜き出ていた。

     そしてストームブレイカーのパドック部分が終わると、秋子はリモコンの操作を行い、TV画面は3倍速で目まぐるしく移行していく。

     東京競馬場1400mで行われるレースなので、およそ1:25.0前後で決着が付く。

     ストームブレイカーは5枠9番からのスタートなので、馬場の中心寄りから僅かに外。

     最後に14番の馬が誘導員に引かれてゲート入り。

     そして、スタート。

     ストームブレイカーは最後方から3番手付近を走っており、ややスタートで立ち遅れた事が原因だろう。

 

    「……出遅れたんですね」

 

     その後は直線に入るまで、どの馬も金縛りにあった様にまったく動かなくなってしまった。

     そして、直線からよーいドンの展開になり、激流の様にレースが急激に動き出す。

     ストームブレイカーの騎手もそれに合わせて、手綱を扱いて推力を徐々に上げていく。

     後方3番手だった11番手から一気に5頭交わして、6番手に進出するが前を走る5頭はまだまだ脚に余力があった。

     そこでストームブレイカーは止まってしまい、6着になってしまったが出遅れなければ十分勝ち負けになりそうな脚を持つのが分かった結果。

     次走に期待ですね、と秋子は呟いてからTVの電源を消去した。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。