いつものは誰もが寝ている時間――11時を過ぎてもKanonファームにある家では明かりが消える事が無くボンヤリと点っている。
こうした事は滅多に無いが、周辺にある牧場関係者はその事情を知っているのでその宴に参加している者が多い。
Kanonファームの社長である秋子の苦労は誰もが知っているし、それをおくびに出さない事が秋子が慕われている事の一因だろう。
本来なら直ぐに帰宅する予定の人物も居たのだろうが、秋子か秋名が招き入れたのか人口密度が一気に上昇してしまっている。
家の中には多数の花束が飾られて、それを伴うように日本酒やビールが廊下脇に置かれていた。
既にリビングとダイニングキッチンでは大量に空けられた酒類が転がって、後に片付けるのが大変な状況になりつつある。
「水瀬さん、重賞カップ見せてくれ」
酔った一人の牧場社長が懇願すると秋子はしばし迷った挙句、自室に飾ってある北海道2歳優駿の優勝トロフィーを所持してきた。
そのトロフィーは中央重賞よりも小型サイズだが、黄金色にキラキラと反射して眩い光が輝いている。
おー、と牧場社長達がざわめきつつ、じっくりと隅から隅まで優勝トロフィーを眺めている。
この中にはまだ何十年も競馬社会に組みしながら重賞未勝利の社長も居るので、今回の巡り会わせが良かったのが頷ける結果。
初制覇時は運。
2度目以降は実力。
ウインドバレーもこれに当てはまるが、秋子も2つ目の重賞制覇する時には運だったと言われない様に育成方法に努力しなくてはならない。
因みに北海道2歳優駿の賞金は2000万と、中央重賞に比べると1/2程の差がある。
そして、秋子の取り分は1600万になるのだが、これだけでは今年の諸経費のマイナスを補うだけで終わってしまう。
放牧地の芝の入れ替えなど行いたい事は秋子には多数あるだろうが、現時点ではまったく資金が足りない。
はふぅ、とこれからの事を考えたのか秋子は軽く溜息を吐いてから、牧場社長に並々と注がれたグラス内の日本酒を口に付ける。
やや辛口な口当たりがする日本酒を飲みながら、秋子はリビングに視線を移すと、秋名がハイテンションになりながら何かを行おうとしていた。
そして、優勝トロフィーの上部にあるカップ内に日本酒を大量に注いでいく。
テーブルの上にこぼれ様ともお構い無しにドンドン注いでいくので、小さな水溜りが出来上がってしまう。
秋子は止めようとするが、今日は無礼講に近い状況なので水を注す状況になりかねないのでフッと微笑んでからこの事は許容したようだ。
ただ、明日にはどうなっているか分からないが。
そして、午前1時頃には宴は終焉して、リビングには酒瓶などがいくつも転がっている。
秋名は既にダウンしてソファーの上で眠っていたのだが、秋子が軽く身体を揺すっても目覚める様子は無かったので毛布だけが掛けられている状況。
その手元にはガッチリと優勝トロフィーが握られており、下手すると壊されてしまう恐れがあったので、ゆっくりと秋名の指から外していく。
「まったく……飲みすぎですよ。姉さん」
秋子は眠っている秋名に咎めるが返答されたのは、ん、とたった一言のみ。
おやすみなさい、と秋子は囁きつつ、秋名の肩まで毛布を掛け直してから電気を消灯して部屋から出て行く。
秋子は真っ暗で暖房が入っていない自室の扉を開けると、ペタリとその場に座り込んでしまう。
今まで身に圧し掛かっていた苦労が急激に緩和されたのか、自身がへたり込んだ理由が分かっていないようだ。
「8年ですか……G�気呂匹譴世嘘櫃�るんでしょうか?」
ボソリ、と秋子は独り言を呟くが誰も返答する事も無く、直ぐに静寂が部屋に広がる。
手に持っている優勝トロフィーは月光りで幻想的に輝いており、本当に重賞を得た実感が秋子の心を掴んでいるようだ。
優勝トロフィーを眺めていると、秋子の意志が強い瞳から不意に涙が零れ落ちるが本人は気にした様子は無い。
そして、座り込んでいた状態からゆっくりと立ち上がって、胸元に優勝トロフィーを抱え込んで位牌の前に向かっていく。
「祐馬さん、貴方が亡くなってから8年も経ってようやく重賞制覇しましたよ」
コトンッ、と位牌の傍に優勝トロフィーを置き、秋子は自室のサイドボード内にあるウイスキーを取り出す。
そして、優勝トロフィーの上部に注いでいく。
「……これからもわたし達と牧場を見守って下さいね」
その一言を呟くと、秋子は着替えることも無くベッドの上に倒れ込む。
暫くすると、秋子の元から安らかな寝息が聞こえてきた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。