門別競馬場。
鵡川町と日高の境付近にありコース距離が1週1600mとなっており、特徴としては太平洋の絶景を見渡しながらの競馬が出来るのはここだけ。
日本海を眺めながらでは金沢競馬場が有明海では荒尾競馬場があり、海を見渡しながらの競馬場は日本では少ないと言わざるを得ない。
閑話休題。
本日の門別競馬場には牧場関係者のみでは無く、中央馬主と地方馬主も訪れているので火花を両者の間で散らしている。
地方競馬の馬主は中央競馬の馬主に向けて、嫉妬感と羨望感が交じり合った視線を。
中央競馬の馬主は勝利に飢えた視線になっており、それほどダート路線は地方競馬の方が層の厚さが上だと窺わせる状況。
秋子は中央競馬と地方競馬の馬主資格を所有しているので、どちら寄りにも属せずに中立的な立場と言える。
今年の北海道2歳優駿に出走する馬の頭数は12頭で、そのうち中央馬がウインドバレーを含めて4頭。
つまり、地方馬の有利な状況を作り出す事――レース中に囲んでしまう事も可能だが、そんな事で勝利しても嬉しくない。
お互いにライバル視はしているが実力は認め合っており、交流戦のお陰で苦手な部分に関するノウハウの積み重ねが可能に。
中央馬は徐々にダート戦で結果を出すようになり、地方馬は逆になかなか結果は現れないが芝に挑戦している馬が少しずつ増えている。
お互いに切磋琢磨しているので中央と地方の壁が無くなるのも、そう遠くないかもしれない。
閑話休題。
現在のウインドバレーのオッズは3.4倍。
2番人気となっているが、これは地方馬との出走経験の差があるからだろう。
1番人気の地方馬は4戦4勝で、圧勝と派手さは無いがケレンミの無い走りが特徴。
ウインドバレー以降の人気馬もやはりと言うべきか地方馬が並んでおり、ウインドバレーに期待が掛かっている。
「これなら前走よりも気楽に見られるかな?」
「そうね、新馬戦に比べるとプレッシャーは少ないから気楽な方ね」
1.4倍と圧倒的な人気になった新馬戦よりも、今回の北海道2歳優駿の方が気楽に見られるのは確か。
ただ、交流戦とは言えKanonファーム初の重賞制覇が間際となれば、秋子の顔色が真っ青に変化するのが想像できるだろう。
重賞の重みは長年の歴史が積み重なって現在まで何事も無く至るのだから、秋子のように新参馬主ではプレッシャーが掛かるのは当然。
そして、数十分後には待望の北海道2歳優駿が行われる時間まで迫ってきた。
北海道2歳優駿――距離1800m。
ゴール200m前からのスタートで1週距離が1600mとどちらかと言うと小回りのコース。
だが、直線は330mと長い方なので地方競馬特有の直線に当てはまらない。
如何に早仕掛けをせず、キッチリと差し切るかがウインドバレーの課題だろう。
何せデビュー戦の函館競馬場よりも70m長い直線なのだから、脚を溜めさせるのが騎手の仕事。
「今日の作戦は何にしたの?」
周りの馬主に聞かれないように声を潜めながらで秋子の耳に囁きながら質問する名雪。
秋子もお返しにと名雪に耳打ちをするために、本日の作戦を伝える。
ええっ!! と驚愕な声が名雪の口から洩れてしまい、周辺に居た馬主が訝しそうな表情で2人を見てしまう。
名雪は咄嗟に謝り、事なきを得たが怪訝そうな表情で秋子の考えを覗こうと
したようだが、どのように足掻いても分からなかったようだ。
「ん、どうしたんだ。名雪」
「ちょっとね……まぁ、それよりもそろそろレースが開始されるから見ようよ」
こそこそ、と名雪は祐一の腕を引っ張りながら馬主席の前方にあるガラスの前まで移動する。
そして、タイミング良く全頭がゲート入りを果たしスタートが切られる。
ウインドバレーが選択した脚質は――逃げ。
他馬に邪魔をされないように先頭で走り続ける脚質である逃げの作戦には、観客のどよめきが響かせている。
「んなっ!! 名雪は逃げるのは知っていたのか?」
「わたしも今聞いたんだよ」
ウインドバレーは2番手以降の馬に1馬身程の差を付けて、マイペースで走っている。
入れ込んだ様子も無いので現時点では安心して観戦出来るのだが、直線辺りでスタミナの残量が気になってしまう。
向こう正面になり、ウインドバレーの奇策を止めるために地方馬が1頭上がってくる。
競りかけた状況になり、急激にはならないがペースが速くなっていくので、3番手以降の馬が控え始めた。
最後まで持たないと見られたようで、確かにペースは速いが平均タイムよりも1秒早いくらい。
1番人気の地方馬は5〜6番手に位置して、ウインドバレーを捉えられるように仕掛けを待っているのだろう。
そして、3コーナーと最終コーナーを過ぎ、330mある直線に入る。
ウインドバレーは相変わらず先頭を走っており、気力は萎えていないようで競り合っていた馬の方が先に垂れていく。
「うー、見てられないよ」
視線を逸らそうとするが、名雪自身が手掛けた馬なので簡単に負ける事を想像したくなかった。
1番人気の地方馬がスルスルと位置を上げて、残り200mのハロン棒の時点でウインドバレーと競り合う。
僅かに息が上がった様子のウインドバレーだが、脚はまだまだ前に向かう意思を持ち、先頭でゴールインを目指す。
残り50m。
先に限界が来たのは地方馬。
後方から別の馬は来る様子は無いが、最後までウインドバレーの騎手は追い続けて先頭でのゴールイン。
その瞬間に馬主席では、秋子、名雪と祐一の3人がそれぞれ勝利の絶叫を上げてガッツポーズを。
そして、秋子の頬には一筋の涙が零れていた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。