駆ける馬　１５７話

　　　　　Kanonファームに滅多に有り得ない事態が巻き起こってしまった。

　　　　　その詳細は仔馬に関する事であり、この事がKanonファーム近辺の牧場に知られてしまい、牧場関係者が見学に来てしまう程。

　　　　　その仔馬は無事に出産しているのだが、外見の毛色が母馬と父馬にも無い遺伝を持ち合わせて誕生してしまった。

　　　　　その毛色は汚れなき純白な白毛。

　　　　　女性から見たら童話のワンシーンで王子が騎乗して出てきそうな白馬であり、誰もが虜になりそうな馬だろう。

　　　　　実に全面が白い毛並みに覆われており、鼻先から尻尾までが純白の馬体になっている。

　　　　　白い毛並みの下にある皮膚は薄いピンク色であり、白毛には神秘性がある事が伺える。

　　　　　蹄もやや白っぽいので、黒い部分を探す方が厳しいくらい馬体が陽光によって輝いていた。

　　　　　無邪気な黒い瞳は好奇心が混じっているのか、周辺を良く見渡しつつ母乳を飲むために母馬に近づく。

　　　　　白毛は遺伝子的には滅多に産まれる事が無く突然異変の毛色で、栗毛と芦毛は父か母にその毛色の遺伝が無いと産まれない。

　　　　　それに比べると白毛は天文学的な確率で誕生するので、お目に掛かれない事が多い。

　　　　「いや、凄いですね」

　　　　　Kanonファーム近辺にある牧場の社長が代表して、ポツリと一言洩らすと他の社長も同じように連鎖反応で同じような感想を口にしていた。

　　　　　牧場で働いていると色々な競馬の噂が舞い込んでくるので、今回の白毛騒動もいつの間に人に知られてしまったのが正しいだろう。

　　　　「ええ、わたしも白毛馬が産まれるとは思っていませんでしたから」

　　　　　秋子は弁明すると、周辺の人物は秋子に同意して頷いているようだ。

　　　　　実際にKanonファームの人物は誰もが白毛が産まれる事を想像したのだろうか？

　　　　　それくらいの確率なので、産まれた時には秋子と秋名がお互いに頬を引っ張り夢かどうか確認したくらい。

　　　　　暫くすると、１人又１人と少しずつ周辺牧場の社長が秋子に声を掛けてから帰宅していく。

　　　　　数１０分後には全員が帰宅し、秋子と秋名は軽く嘆息を吐いてからげんなりした表情になってしまった。

　　　　「……これがスポーツ新聞などに載ったらどうなるんだ？」
　　　　「わたしに聞かれても困ります」

　　　　　２人はその事をボンヤリと想像すると、ゾッと顔面蒼白にしつつ軽く身震いを行ってしまう。

　　　　　Kanonファームに大量の取材が来る事自体が今まで無かったので、下手すると馬の育成を妨げられる状況になってしまう。

　　　　　牧場の知名度が上昇するかもしれないが、ＧⅠ勝ち馬もいないのでデリメットの方が多いかもしれない。

　　　　「もし取材が増えるようなら、競馬協会に頼んで規制してもらった方が良いな」
　　　　「生産者を守ってくるかは分かりませんが、その事も頭に入れておいた方が良いですね」

　　　　　２人は軽く溜め息を吐いていると、スタスタと未だに左手にギプスを嵌めたままの名雪が戻って来た。

　　　　　右肩には衣類などが詰まっているボストンバッグを掲げながら、軽く手を左右に振る。

　　　　「迎えが遅いから、歩いて帰ってきたよ」

　　　　　ジッと細められた名雪の目付きは威圧感があり２人を睨んだまま、その場から一歩も動かない。

　　　　　秋子が理由を話しても淡白な反応のみが返ってくるだけで、あまり感動はしていないようだ。

　　　　「まぁ……ひとまず様子を見てみるよ」

　　　　　秋子にボストンバッグを手渡し名雪はトタトタと走って、楽しみだった事を隠しているようだが、秋子と秋名は微笑ましい表情で名雪の背中を追っていた。

　　　　　名雪が厩舎に向かうと祐一が厩舎作業を行っており、お互いに軽く手を上げるだけ。

　　　　　んー、と名雪は背伸びをしつつ、白毛馬がいる馬房にゆっくりと近づいていく。

　　　　　クイーンキラは去年不受胎だったので、今年は産駒が産まれる事が無いので名雪はフラワーロックの馬房から覗く。

　　　　「フラワーロックの仔はまだ産まれていないんだ」
　　　　「ああ、そろそろだと秋子さんが言っていたな」

　　　　　ふーん、名雪は曖昧に頷きつつ、フラワーロックの鼻筋を撫でている。

　　　　　最終的に白毛馬を産んだのはファントムになるので、名雪はフラワーロックを撫で終わると、ファントムの馬房に向かう。

　　　　　そこにはファントムに寄り添うように引っ付いている白毛馬が見受けられた。

　　　　「白毛馬って本当に全身真っ白だね」

　　　　　童話とかで出てくるのを名雪は想像していたようだが、まったくその通りだったので感嘆の声が洩れてしまう。

　　　　　走るかどうかはまったく別だけどね、と現実主義的な言葉を吐いてから名雪はもう一度、視線を白毛馬に向けた。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。