名雪が左腕上腕部を骨折してしまった事で、Kanonファームは人手が厳しい状況に陥ってしまった。

     名雪は3人に向かって謝っていたが、3人の反応は似たような応答だったが概して言えば、このような感じ。

     謝る必要は無いから復帰後は油断しないでくれ、と3人が多少の差こそはあるが、このような事を言われた名雪であった。

     骨折が完治するまでの間は、利き腕である右腕だけは動かせるので簡単な牧場作業を秋子は与えるつもりのようだ。

 

    「……と言う訳で、名雪は簡単な作業を行ってもらうわ」

 

     両手骨折でもないし足の骨折でもないから、片腕が動くだけでも騎乗は出来ないが馬を曳く事は可能。

     他には飼い葉作りも出来る事が可能と言えるので、秋子は人手が足りないから粉骨砕身で働いてもらうと言いたいのだろう。

     それくらい現在は厳しく大変であり、猫の手を借りたい程の状況がKanonファームに襲い掛かってきていた。

     何とかやっているが、名雪1人が抜けると3人に圧し掛かってくる負担の絶対数が重すぎる状態。

 

    「まぁ、片手だからって動かさなかったら鈍っちゃうから良いよ」

 

     名雪はあっさりと同意しつつ、秋子がお土産で持ってきたイチゴのショートケーキに手を伸ばす。

     名雪は表情を緩めながら、美味しそうに口に向かってゆっくりと運んでおり至福の時間と言っても良い程の顔。

     この病室は個室ではないので年配の女性も入院しており、名雪が入院した事で周辺は盛り上がっている。

 

    「それにしても……蹴られるとは思わなかったよ」
    「わたしも蹴られるまではそう思っていたわ」

 

     秋子は何処を蹴られたかまでは教えておらず、あまり良い思い出ではないので口を閉ざすのも当然だろう。

     お互いに肩を軽く竦めつつ低い声で笑うと、病室に華やかさをもたらした。

 

 

     秋子は牧場作業の為に帰宅してから数分後、入れ替われるように香里と栞がお見舞いに来た。

 

    「香里と栞ちゃん、来てくれたんだ」
    「友人なんだから当たり前じゃない……それにしても思ったより元気そうね」

 

     眉をひそめつつ名雪が骨折した箇所をジッと見ているが、それほど重傷でない事が分かるとホッと溜息を吐く

 

    「あ、名雪さん。これお見舞いの品物です」

 

     栞は手に持っていた白い箱を寝台の上に置き、箱をゆっくり開けるとひんやりとした空気が漏れ出す。

     名雪は箱の中身を確認すると、引きつった表情で栞の顔を窺う。

 

    「……これ、栞ちゃんが食べたいから持ってきた訳じゃないよね?」
    「そそ、そんな事ありませんよ」

 

     香里は溜息を吐いて、箱の中からひんやりと冷えたバニラアイスを取り出すと名雪と栞の頬に押し付ける。

     軽く悲鳴を上げつつ、2人は香里からアイスを受け取って食べ始めた。

 

    「ありがとね。香里、栞ちゃん」
    「えへへ、気にしないでください」
    「どういたしまして」

 

     名雪は2人に感謝の言葉を言いつつ、冷え切ったバニラアイスを口に運ぶ。

     暫らくは食べる事に専念していた3人だが、カップの中身が空っぽになる頃には口に運ぶ回数が栞を除いて減ってきていた。

 

    「……良く食べられるねぇ」
    「あたしもそう思うわよ」

 

     香里は寒さの為か半分くらいで残してしまい、残りの半分は栞に全部あげていた。

     2人はげんなりした表情で眺めているが、栞はまったく視線に気付いていないのか食べ続けている。

 

    「もう、それくらいにしておきななさい」

 

     香里は電光石火のような速さでサッと、栞の手元からバニラアイスを奪うと栞は非難がましい表情を浮かべてしまう。

 

    「お姉ちゃん、横暴ですよっ!!」
    「はいはい、横暴で結構よ」

 

     香里は壁に掛かっている時計を眺めると、帰る支度を行い始める。

     栞も支度をしている内に香里はバッグの中から2枚ほどの折りたたまれたプリントを取り出して、名雪に手渡す。

     名雪はプリントを広げると、げんなりした表情で計算問題が書かれたプリント――宿題を恨みがましい表情で見つめている。

 

    「文句はあたしに言うんじゃなく、真琴先生に言いなさい」

 

     はぁ、と名雪は溜息を吐いてから、もう一度プリントを見てから盛大に項垂れた。

 

    「んじゃあ、あたし達はそろそろ帰るわよ」
    「頑張って治療してくださいね」
    「2人ともありがとね」

 

     香里と栞が軽く手を振っているので名雪もそれに釣られて手を軽く手を振り、視界から消えるまで手を振っていた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。