Kanonファーム生産馬の1月の成績は以下の通り。
4戦して3着2回、4着以下が2回と去年の1月は1戦1勝だったが、今年の方が安定して出走数の増加となっている。
2月になってからはサイレントアサシン、エレメントアロー、エアフリーダムの3頭が休養明けのレースに出走予定。
それぞれのレースは不明だが、休養明けなのでそれ程の期待は出来ないと言わざるを得ない。
この3頭は近走2レースを振り返ってみると、掲示板に入着が1回だけと調子が悪い。
因みに各馬のクラスはエアフリーダムとエレメントアローが1600万下、サイレントアサシンが1000万下。
それぞれ1勝ずつ勝利すれば、OPクラスと1600万下に昇格するのだが、厳しく感じてしまう。
馬は季節によって走る走らないタイプもおり、1流馬でも時折季節柄に弱いのがいる。
この3頭は今のところ、冬――11月〜2月のレースは全て未勝利となっていた。
つまり、この季節に1勝でもすれば汚名を返上出来るので正念場とも言えるだろう。
「それにしても、サイレントアサシンが良く分からないですね」
「ん? 何がだ?」
秋子は低人気の時に限って2回も勝利した時の事を話すと、秋名は何となく納得して首を縦に振った。
勝利した2戦は15番人気と下手したら最低人気に近いので、ある意味新聞を読む馬と言っても良いかもしれない。
まだ5戦しかしていないので疑心暗鬼な所があり、これからも低人気で勝利したらカブトシローみたいな評価を得る可能性が高い。
カブトシローは新聞を読む馬と実際に新聞を読む訳ではないが、稀代の癖馬として人気があると負けて、低評価を反発するように勝つ事が多かった。
そのためファンからの人気は高く、記録より記憶に残る名馬に数えられる1頭。
「サイレントアサシンもカブトシローの様になると思いますか?」
「現状では何とも言えないが、それも良いかもしれないな」
その前にOP入りしないとな、と秋名はニヤリと口端を吊り上げつつ、秋子も釣られるように含みのある笑顔になった。
テーブルの上には湯気を立てているホットコーヒーが飲み残しのまま置かれていた。
ユラユラと白い湯気が天井に向かって伸びているが、途中で薄っすらと消えていく。
騒々しく、家に4人――秋子、秋名、名雪と祐一が戻ってくる。
名雪はうっすらと涙を流しながら唸っており、利き腕では無い方の左腕には何かが巻きつけられている。
よく見ると、それは長さ30cm程の角材であり名雪の腕に添えるように固定されていた。
「おーい、大丈夫か?」
「あまり……大丈夫じゃないよ。見れば分かるでしょ」
真っ赤に腫れた腕を撫でそうになるが、咄嗟に骨折した事を思い出して名雪は溜息を吐く。
油断大敵かなぁ、と名雪はぼやきつつ、骨折した箇所をジッと眺めている。
事の詳細は馬の気分を損ねたのか、思いっきり後ろ脚で蹴り上げられて左腕を骨折したと言えば良い。
その証拠にクッキリと蹄の痕が左腕に痛々しく浮かび上がっている。
「病院に行く準備は出来たから、行くぞ」
秋名が促すと、名雪は振動を起こして骨折部分に響かないようにスルリと立ち上がって付いて行く。
祐一も名雪の後ろを歩き付いて行くつもりだった様だが、秋名の言いつけで留守番となってしまう。
車の中では秋子ははらはらしており、名雪の事が心配なのが伝わってくる。
「名雪ちゃん、良い経験したな。これで油断することは無いだろう?」
「ん、まぁね……今回はわたしが油断していたのが悪いね」
秋名はバッグミラーで名雪の様子をチラリと見ながら運転をしており、秋子と対照的にあまり心配はしていないようだ。
「秋子も同じ様に骨折した事あるから、気にしない方が良いぞ」
「……姉さん、その事は内緒にしておいて欲しかったんですが」
へぇ、と名雪は感嘆を上げ、車の座席に寄りかかったままその話に食いついてきた。
その話で盛り上がっている間は、名雪はすっかりと病院に辿り着くまで痛みの事を忘れて話し続けていた。
自分自身の不注意でなった骨折を忘れるように。
結局、名雪の左腕上腕部骨折は単純骨折なのでギプスで固定するのみで済んだが、全治3ヶ月と診断された。
戻る ← →
この話で出た簡潔競馬用語
注1:カブトシロー……天皇賞・秋を8番人気、有馬記念を4番人気で制している。