サイクロンウェーヴが7着と敗れた事で引退が決定した。
20戦3勝2着1回、と同時期に購入したクイーンキラよりは出走レースも多くそれなりに稼いでくれた。
結局1番人気は一度も無く、勝利した時の人気は2、3、8と微妙な人気での勝利が多かったと言う事。
プリンシバルSにも出走した事があるが、結果は6着とあまり振るわなかった。
最初で最後のOP戦の挑戦であり、格上挑戦で出走したこの時が最もピークだったかもしれない。
約800万で購入した馬なので、3勝もしてくれれば御の字だったので十分と言える成績。
未勝利で引退したクイーンキラに比べると、キチンと賞金を稼いでくれたのは大きな差である。
サイクロンウェーヴの今後の予定は引き取り先も無く、家畜商に売却する事が確定している。
4人――Kanonファームにいる全員で今後について、秋子が挙手を取ると全員が功労馬として受け入れられないと言う返答が。
ジェットボーイとアストラルは重賞で入着をしているので、その点が大きな隔てになっているのは確実。
競馬関係者にしてみたら日常茶飯事で起こる出来事なので、毎回悲しんで居られない。
走らない馬は淘汰されるのが当たり前の世界であり、この世界――競馬の中で育った人々はそれを乗り越えていかなくてはならない。
それが馬に出来る恩返しなのだから。
その事を偶々、Kanonファームに遊びに来ていた美坂姉妹――香里と栞に名雪が話すと、沈黙後に一挙してブーイングが。
「かわいそうだと思わないんですかっ?!」
「まぁ……一応は思うけど、勝てなかったらこうなるし」
香里はいきり立つ栞を宥めながら、名雪を批判するような視線を投げ掛けてくる。
はいはい、と名雪は香里の視線――激怒とは程遠いが怒っている事に気付いており、返事をしておく。
「ペットじゃなく、経済動物だから……ね。そうしないと家族全員で首を釣っちゃうよ」
あっけからんと話す名雪だが、なかなか2人には受け入れ難い事実のようで首を縦に振れないようだ。
その様子を名雪は、並々と馬が描かれたコップに注がれたオレンジジュースを飲みながら面白そうに眺めていた。
「うー、でも納得できません!!」
だろうね、と名雪は栞の言い分を認めているが、名雪は納得してもらおうと思っていないような達観した表情。
気まずい空気が場に流れ出すが、香里は何かを思ったのか口を開き、名雪に質問をする。
「家畜商に売られる前に、引き取り手が居たらそっちに行くのかしら?」
「んー、大体はそうだね。乗馬用として引き取られたりするけど……基本的には家畜商に売られる事が多いよ」
親指を顎に当てながら、名雪はこの事を頷きながら発言しており、自分が喋っている事が何処まで正しいか頭の中で確認しているようだ。
「もしかして……香里が引き取ってみたいの?」
「ん、まぁ、こんな話を聞かされたではね」
ふーん、と名雪は呟きながら香里の顔をジッと覗き込み、ニコリと口端を緩めている。
栞はおたおたと香里と名雪の顔を交互に見渡しているが、2人は気付いていないようだ。
先に根負けしたのは香里の方であり、たじろいた表情を映し出していた。
「引き取りたいって簡単に言わない方が良いよ」
香里の顔を見下ろす形で、ジッと名雪は目を細めており威圧感が空間に拡がっている。
委託料、飼い葉代、治療費etc、が毎月掛かるので下手すると月10万程になる可能性もあるので一般人には手を出せない代物。
その事を聞かされた香里は顔面が蒼白になっていく程、仰天したようで閉口してしまった。
「まぁ、そういう訳だから」
ニコリともしない表情で名雪は香里の肩を軽く叩き、飲み残しのコップに手を伸ばす。
その後は、誰もこの話題を口にせず別の事を夢中になっていった。
美坂姉妹が帰宅後、この事を秋子に話すと秋子は溜息を吐いていた。
「あまり、話す事じゃないと思うけど……」
風呂上りで濡れた髪を乾かしながら、名雪は問題ないんじゃないと言いたげな表情で秋子を見ている。
「これくらいで友人辞めるような性格じゃないよ。あの2人は」
本日で最も良い表情を披露した名雪は、髪を乾かすためにゆっくりとタオルで拭き始めた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。