新年が明けた直後には秋子は調教師に新年の挨拶を行うために電話を掛けたり、訪問してきた競馬関係者を迎えたりてんてこ舞いの状態。
競馬社会はこういう事が営業に繋がっているので、ベテラン騎手だろうと当たり前でキチンと行っている。
秋子の手元に届いた年賀状は、やはりと言うべきか競走馬の写真を使用した物が多く届けられていた。
中には自分の家族と写っている年賀状もあり、多様な年賀状が集まったと言える。
名雪と祐一は自分宛に届いた年賀状を分けてから、競馬関係者から届いた年賀状を見て楽しんでいた。
「これは……サウンドワールドのニューマーケットC時のだね」
ゴール板前の写真であり真横からではなく、やや斜めの状態で撮られている写真。
サウンドワールドが勝利したレースの中では一番格が高いので、必然的にこのレースが選ばれたのだろう。
写真の隅には白文字で年明け初戦は中山金杯を目指します、と流暢な文字で書かれている。
目敏く見つけた名雪は秋子に見せるために、ソファーから勢い良く立ち上がり台所に赴く。
秋子と秋名はおせちの準備をしており、なかなか手を離せない状態のようだが名雪はずかずかと入り込んでいく。
「サウンドワールドの次走は中山金杯だって」
秋子は料理している手を一旦止めてから、名雪が持っている年賀状を渡して貰い、文字が書かれている場所を読む。
確認が終わると名雪に手渡してから、再び料理に没頭し始める。
「後少しで完成するから待っていなさい」
「ん、分かったよ」
名雪は呟いてから、トタトタと歩きながらリビングに戻っていった。
祐一はリビングでTVのチャンネルを色々変えているが、似たような番組構成にウンザリしているようだ。
「もう少ししたら、おせちが出来るみたいだからそれまでに厩舎でも見に行く?」
「まぁ……暇つぶしには良いか」
渋々、と祐一はOKサインを出すが暇つぶしになる事がある方を優先したようだ。
祐一は自室に戻り、黒いジャンパーを羽織いつつ玄関に向かうと、名雪の方が僅かに早かった。
名雪は白のコートを羽織っており、祐一の格好とは対照的な出で立ちである。
「早く行こ。……コタツでノンビリしたいしね」
名雪は軽く本音を呟きながら、新雪が一面に積もっている放牧地の中を一歩踏み出した。
サクサク、と名雪はブーツの跡を新雪の上に作りつつ、時折降り積もる雪に戯れている。
大人びた様子と少女らしさを醸し出す名雪の2面性を眺めながら、祐一はゆっくりと後を付いて行く。
現在、向かっている場所は繁殖牝馬の厩舎。
牧場の面積がそれほど広くないとは言え、これだけの降雪状態だと辺り一面が真っ白に覆われてしまい先が見えない状態。
そして、足が雪に捕らわれてしまうので体力の減少が付きまとうが、この地に慣れている2人には関係なかった。
そして、厩舎に辿り着くと木製扉を左右にスライドさせつつ、素早く身を入り込ませてから熱が逃げないように扉を閉める。
「相変わらず、ここは落ち着くなぁ」
コートにこびり付いた雪を叩いて払っている名雪に祐一も同意している。
牧草の匂いとボロの匂いが混じった空気は、なんとも言いがたい物だが2人は気にする様子も無く繁殖牝馬に近づいていく。
そして、資材置き場に置かれているダンボールの中から人参を取り出して繁殖牝馬の口に持っていく。
ポリポリ、と子気味良い音を立てながら食んでいる牝馬の額を撫でる名雪。
「今年がフラワーロックの産駒がデビューだったな」
「……苦労した分、初出走初勝利をして欲しいけどね」
胸の下で腕を軽く組みつつ、苦労した日々の事を目を瞑って思い返しているようだ。
うんうん、と祐一も同意しており、如何に苦労したかを如実に語っている。
いつの間に名雪が与えていた人参は無くなっており、鼻を名雪の身体に押し付けて新たに催促してくる。
が、名雪は2本目を与えずにツカツカと歩きながら、立方体状になって固まっている飼い葉の上に腰掛ける。
「まぁ……期待しすぎると駄目だけどね」
過度の期待を背負い過ぎると惨敗する事が度々起こるのが競馬の怖さであり、Kanonファームの生産馬も良くある出来事。
「じゃあ……程々の応援にしておくか」
「んー、その方が良いね」
それだけの話が終わると、名雪は椅子代わりに使用していた飼い葉の椅子から降りる。
そろそろおせちが出来た頃だから戻ろっか? と名雪は祐一に問いかけると祐一は軽く頷いて同意した。
豪華爛漫な秋子作のおせちを思い浮かべながら、2人は戻って行った。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。