本馬場入場時には秋子は双眼鏡をシンプルなバッグから取り出して、ジッとサウンドワールドの挙動を追い続けていた。

     時折、視線を双眼鏡から見る事を変更して、馬主席からでも明瞭に映る大型高画質ターフビジョンに目を向ける。

     明瞭に映るそれは競馬協会が写真判定時の差が分かり難さを、より高画質にして見やすくして判定結果を拡大するためである。

     世界一の明瞭さを持つターフビジョンとしての売り込みもあるので、新規ファンの開拓にもそれなりに期待されている代物。

     さて、秋子はターフビジョンで真横から映されたサウンドワールドの動きを観察して、後からは見るのは双眼鏡を利用。

     サウンドワールドの人気は18頭中16番人気と、低評価と言い切れる程でオッズも100倍を越えている。

     それ程、注目されていないのでお気楽に騎乗する事を騎手に頼んでいた。

     オグリキャップにバンブーメモリー、ヤエノムテキ、オサイチジョージと歴戦の名馬が揃っている中で出走出来るだけで馬主冥利に尽きる。

     前年の天皇賞・秋に比べると、1枚か2枚は落ちるメンバー構成だがG�鞠呂吠僂錣蠅覆い里六�実。

 

    「んー、やはり古馬とは比べ物にならないほど貧弱ですね」
    「そうですね。無謀と言い切っても良いかもしれません」

 

     実際にサウンドワールドの馬体は、休養時から体重が微少しか増加していない事も起因しているだろう。

     トモの付き具合は一応、OP馬らしくガッチリとした形にはなっているが重賞勝ちの馬に比べるとまだまだである。

     秋子は自分の真横に佇んでいる調教師に話しかけるが、返答は辛辣を含んだ答えだったが秋子は納得して深く頷いている。

     おもむろに秋子は口を開き、天皇賞・秋を選択した事を謝ろうとするが、調教師は首を左右にゆっくりと振りつつ口を開く。

 

    「私としては少なくとも、無理に菊花賞に出走させるよりも天皇賞を選択した水瀬さんに感謝したいですよ」

 

     菊花賞に出走させて馬を潰す気にはなれませんから、と調教師は白髪交じりの髪を弄りながら秋子に向かって本心を吐露する。

 

    「……ありがとうございます。そう言って貰えると少しは楽になりました」

 

     秋子が礼を言うと同時に、観客の声が騒々しく響き渡った。

     そう、発走委員が発走台に上がり赤旗を振り始めたので、生演奏のファンファーレが合唱されつつ、観客が丸めた新聞を使用して手拍子を叩く。

     この行為は本来なら受け入れられない事だが、こういうファンとの繋がりが強いのも日本競馬ならでは。

     ファンファーレが始まると同時に奇数番号の馬から入っていった。

 

 

     サウンドワールドは1枠2番からのスタートなので、後入りなのでスムーズにゲートインを果たす。

     最後に18番のリンドホシがゲートに入り、数秒後にガシャンとゲート音が響いてスタートが切られる。

     サウンドワールドはスムーズにゲートから出られたので、現在は2番手をキープしていたが、外から馬が来た事で僅かに下げた。

     東京2000mは外枠の馬には厳しいコースであり、内に行こうとすると大幅にロスしてしまう。

     差しか追い込み馬だったら問題は無いが、先行か逃げだとすると内側を走る馬を斜行――進路妨害しないようにしなくてはならない。

     その理由は1コーナー付近からスタートする独特のコースだからであり、そのため府中には魔物が居るといわれている。

     サウンドワールドの走りをターフビジョンで確認している秋子だが、入れ込んでいない事を確認するとホッと溜息を吐く。

     因みにオグリキャップは8番手辺りの中団、オサイチジョージとヤエノムテキは先行で、サウンドワールドのやや後を走っている。

     そして、最後方からは虎視眈々とバンブーメモリーが牙を潜めている。

     1000m通過のタイムは58.2とハイペースで刻まれており、息を入れる場所を間違えると惨敗してしまう。

     3コーナーを過ぎ、4コーナーを回った所で観客の大音声が地響きのように様々な声を運んできた。

     サウンドワールドは一息を入れるために、まだ脚を溜めている状態なので現在は5〜6番手に後退。

     秋子は胸の前でギュッと祈る事を専念しているので、叫ぶ事はしておらず観客の叫び声が響くのみ。

     馬主席でも叫んでいる人は多くいるが、秋子と同じ様に静観している人物もいる。

     残り400m。

     目の前にそびえる東京競馬場の名物――高低差が2mもある坂を各馬が駆け上がっていく。

     勢いに勝てなかったのか、サウンドワールドは鞭を入れられてもなかなか伸びない。

     ここで内からスルスルと勢い良く、伸びてきたのはバンブーメモリー。

     釣られるようにオグリキャップも上がろうとするが、行き脚が鈍く勝ち負けには厳しい状態。

     オサイチジョージ、バンブーメモリーの争いになると思われたが、ヤエノムテキとメジロアルダンが豪脚を披露して抜き去ってしまう。

     そして、ヤエノムテキがメジロアルダンを首差凌いで、1.58.2のレコードで各馬を押さえつけた。

     因みにサウンドワールドは13着と見所が無かったままだった、と記しておく。

 

 

     戻る     ← →

 

     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。