菊花賞――京都芝3000mで行われ、日本が誇る長距離レースの一つであり三冠最終レース。

     二度の坂越えがあり、坂を緩やかに上った後に急な下りを走るのでスタミナが無い馬は厳しい。

     上がりは350mで高低差4.3m、下りは200mで高低差4.3mを一気に下るのでこういう格言がある。

     菊花賞は一番強い馬が勝つ――と。

     皐月賞は一番早い馬が勝つ。

     日本ダービーは一番運が良い馬が勝つ。

     春の二冠は抽象的だが、菊花賞は単純に分かりやすいが、裏返せば実力が無いと勝てないという事である。

     そして、今年の菊花賞には春の無敗二冠馬シンボリルドルフがこの淀に挑む。

     前走のセントライト記念はあっさりと勝利して、菊花賞への弾みを付けたと言っても過言では無い。

     前年のミスターシービーは去年までは菊花賞のトライアルだった京都新聞杯で4着に敗れている。

     とは言え、本番ではキッチリと勝っている。

     それもセオリーを打ち破った破天荒なレース方法であった。

     それは2週目の下り坂で勢いを付けて下る方法だが、他馬には真似が出来ない物であった。

     勢い良く外に膨れ上がって、着外になる確率の方がずっと高いのだから。

     そして、競馬協会は去年は11月開催だった菊花賞を今年から10月からの開催に変更。

     その理由は3歳馬のジャパンカップ出走数と結果が著しく無いから、時期を早めて体調が良い時に出て貰いたいのだろう。

     勿論、シンボリルドルフの馬主も菊花賞の後はジャパンカップを狙わせるとスポーツ新聞に公言している。

     どのスポーツ新聞でも、ルドルフ余裕の三冠制覇か?、などの文字が躍っている。

 

    「どう思いますか? 姉さん」

 

     秋子は読んでいるスポーツ新聞を見ながら、秋名に質問をしてみる。

     既に秋名は読み終えているので肩を竦めながら、騒ぎすぎだろうと言ってのける。

 

    「菊花賞は楽勝だとしても、ジャパンカップは厳しいと思う」

 

     スポーツ新聞を秋子から奪い取り、パン、と手の甲で新聞を叩く秋名。

     82年のジャパンカップはアメリカの3歳馬が優勝しているが、今の日本馬では不可能とみている。

 

    「まぁ、うちの馬じゃないから好き勝手に言っているだけだ」

 

     もし、シンボリルドルフが所有馬だったらジャパンカップを目指すなどは言える度胸は無い。

     Kanonファームにはこれだけの馬どころか、OPクラスまでも苦労する馬ばかり。

     なので、これほどの実力がある馬が生産出来たら、逆にプレッシャーは凄まじいだろう。

     いつになったら、シンボリルドルフ級の名馬が生産できるかは、途方の無い話である。

 

    「ルドルフは牧場での調教の方が美浦に比べたら厳しいみたいだな」
    「うちもそれくらいの施設があれば良いんですけどね……」

 

     勿論、こうした施設には維持費が膨大に掛かるので大手牧場しか持っていないので牧場成績は年々差が増えている。

     秋子は先に良い馬の生産が先だと主張するが、秋名は逆に坂路などの調教場が先だと意見が食い違っている。

     どちらも正解だが、答えは見つからないのが正しい。

     血統が悪くても調教次第で名馬になれて、血統が良くても調教をサボれば名馬にはなれない。

     こうしてみると調教の方が大事だと思うが、良血では無いと馬が売れないという事が多数ある。

     どちらも一長一短なので、二人の意見は中間で決めている。

 

 

 

 

    「所で、祐一君の騎乗はどうですか?」

 

     祐一は近くにある乗馬クラブに通わせているが、秋子はまだ反対をしているのだが、気になるようだ。

     秋名は軽く頭を掻きながら、まぁ普通だったと淡々と言うがその表情は楽しげな物を見つけた顔だった。

     秋子は冷めたコーヒーカップに口を付けて秋名の話を聞きながら音を立てずに優雅に飲む。

 

    「ポニーであそこまで怖じづけるとは思わなかったなぁ」

 

     祐一が怖じづけている様子を思い出したのか、秋名はクスっと笑い出す。

     初めての乗馬だから仕方ないけどな、と言いながら秋名はもう一度笑う。

 

    「まぁ、それでも楽しそうに乗っていたのは良かった」

 

     そうですか、と秋子は微笑んで、祐一がポニーに騎乗しているのを想像する。

     そろそろ競馬中継の時間なので、秋子は何も言わずテレビのチャンネルを合わせる。

     ゲートイン前の映像がアップで映っているが、殆どシンボリルドルフを追いかけて撮影している。

 

    「こうなると、勝負師の騎手は黙っていないだろう」
    「テレビからでも負かしてみせる、という意志が伝わってきますしね」

 

     そして、シンボリルドルフの三冠達成が懸かった菊花賞のスタートが切られる。

 

 

     結果は……無敗での三冠達成の偉業が間際で見る事が出来た人物は幸福だろう。

     シンボリルドルフの生産者、厩舎関係者は喜びあっているのが当然。

     着差は1/2馬身と差は無い様に見えるが、2着馬のジョッキーには完敗と言わしめている。

     2着のゴールドウェイは追い込んでの奇襲だったからこそ、この着差だったのだろう。

     3着馬に至っては、4馬身もゴールドウェイに離されているのだから。

 

    「私もああいう馬を作りたいですね」

 

     京都競馬場では大量の記者が撮影をしているが、シンボリルドルフは自身が王者だと分かっているように威風堂々と佇む。

     カメラのフラッシュによって汗で濡れた馬体は白く輝き、ルドルフの周辺だけが別次元の世界だった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:美浦……関東馬が所属するトレーニングセンターの事。
     注2:ゴールドウェイ……菊花賞2着以外はきさらぎ賞と毎日王冠の勝ちがある。