サウンドワールドが1600万下のニューマーケットカップを勝利した事で久しぶりにOP馬が登場した。
アストラルが引退した以来なので約7ヶ月振りとなるのだが、ここからが一番の問題。
天皇賞・秋か菊花賞に目指す予定があるのだが、未だに議論が決定していないのが実情となっている。
一応だが両レースに出走登録は行っているので、両方とも除外されない限り出走は漕ぎ付けられる状態。
レース直後は飼い食いが良くなかったのだが、現在は何も問題が無いと調教師から伝達されている。
約1ヶ月に行われる両レースはどちらも大レースなので、100%の体調にしなくてはならない。
その為には早い内にローテーションを決定して、調教師に道標を渡すのが最適と言える。
「お母さん、早く決めた方が良いよ?」
「……分かっているんだけど、非常に悩ましいわ」
トントン、と秋子は人差し指でテーブルをリズム良く叩きつつ、頬杖を突きながら思考を彷徨わせていた。
んもう、と名雪は堪忍袋の緒が切れたのか、苛々した様子で頬を膨らませてぶぅたれてしまった。
「……手っ取り早く決めたらどうだ?」
秋名も名雪と同じ様にやや語気が強まった状態であり、一言一言に棘がある。
秋名はこの膠着状態を打破する為に何かを思いついたのか、ポンと掌を叩いてリビングを出て行く。
暫らくして、秋名は何か準備を終わったのか秋子の真正面に座りなおし、人差し指と親指の間に挟まれた銀色に輝く硬貨を見せ付ける。
「……100円がどうかしたんですか?」
「もう、このまま迷っていても時間の無駄だから、コイントスで決めろ」
埒があかないし1/2の確率なんだから、と説得力が欠ける事をのたまう秋名。
だが、秋子は端麗な眉を八の字にして乗り気でない表情を映し出している。
その様子に苛立った秋名は、100円を所持していない方の手をテーブルに叩き付けてしまう。
その音に秋子、名雪と祐一はビクッと身を怯ませてしまう。
「いい加減にしろ!! 馬の体調を考える事が先だろう」
「で、ですが……コイントスで決めるのはどうかと思うんですが」
はっ、と秋名は秋子の言い分を鼻で笑い、
「優柔不断には、これくらいで丁度良いんだ」
秋子はその言葉に釣られるように、クスッと笑ってから力強く頷き秋名にコイントスを促す。
「表の桜が天皇賞で、裏の100が菊花賞な」
ええ、と秋子が頷くと同時にピンと親指で弾かれた銀色に輝く100円硬貨がクルクルと弧を描きながら空中に舞う。
全員が動きに眼を囚われて、一定の位置まで落下した時に秋名は100円を飛ばした手とは逆の手の甲でキャッチ。
ゆっくり、と掌をずらしていくと桜の絵柄が書かれた表が現れる。
「と、言うわけで天皇賞に決定な」
決定したので素早く100円を仕舞おうとする秋名だが、何かを目聡く見つけた秋子はギュッと秋名の腕を掴む。
「何か……隠していませんか?」
ジッ、と秋名の表情を見上げる秋子だが、秋名の表情は変化が無いが相変わらず100円を握っている手は開かれない。
グググッ、と秋子の手には力が入っているようだが、それに介しない表情で秋名は100円を取られないようにしっかりと死守。
暫らくすると均衡が破れて、引っ張られている秋名の方が根負けをしてしまい掌からコロコロ、と100円が転がり落ちる。
名雪の足元に転がったそれは、名雪がキャッチしてどちらかに渡すのか迷った挙句に秋名に向かって軽く投げつける。
「っ……名雪」
「決定した事に反論しない方が良いんじゃない?」
ヒラヒラ、と手を振りながら、ポカンと口を開けて状況把握している祐一に声を掛けて放牧地に向かって行く。
寂しげな表情を彷徨わせる秋子の方をチラリと見るが、何事も無かったように。
「やれやれ……誰に似たんだか」
「……間違いなく、姉さんの影響ですよ」
その言葉に秋名は軽く肩を竦めつつ、利用した100円を秋子に投げ渡す。
100円を慌ててキャッチした秋子は、裏表を確認すると嘆息を吐いて秋名に返却する。
「……気付かないわたしが悪いですね」
その100円は2枚使用して、表の桜だけが表示されるように裏部分を張り合わせた代物。
「競馬では100%無理だが、イカサマはギャンブルのうちだろ」
ニヤリと口端を吊り上げつつ楽しげに笑いながら、秋名は100円を何度も投げながら部屋に戻って行った。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。