サイレントアサシンが骨折による長期離脱から久しぶりに出走する。

     季節は既に秋と言っても良いほど、草葉が黄色くなり始めており、数週間もしたら赤黄色の草葉が広がっているだろう。

     前走の出走から約8ヶ月も経っており、その時は雪が積もっていた1月の時期。

     調教はキチンと積んでいるのだが、久々のレースではどこまで走れるかが問題。

     入れ込んでの惨敗もありえるので、あまり期待は出来ないのが普通だろう。

     勿論、新聞に書かれている人気も15頭立ての最低人気でオッズは100倍を軽く越えている。

     印も1つも無いので、今回は調教代わりで見切った方が次走で買えると考えている人物が多い事だろう。

     秋子と秋名もこのような考えなので、本日は競馬番組を見ずにラジオで聴くだけにしたようだ。

     そのため、ラジオからは音声が流れているが時折ノイズが走るので、電波の状況は著しくない。

 

    「まぁ、それなりに走ってくれれば良いな」
    「骨折休養明けから、期待したら可哀想ですからね」

 

     厩舎作業をしながら、ラジオを聴いているのでレース前になったら手を休めるくらいだけで十分と判断したようだ。

     それから数時間後。

     厩舎作業はある程度、一段落したので休憩と一緒にサイレントアサシンの復帰戦を聴く事になった。

     秋子は額から流れ落ちた汗を拭いつつ、休憩室に置かれているラジオの前に近づいていく。

 

    「んと、現在のレースが終われば始まりますね」

 

     秋子は休憩室の片隅に置かれているポットに電源を入れて、お湯を沸かしてコーヒーの準備を行う。

     数分後、ちょっとしたティータイムが展開される。

 

 

     さて、サイレントアサシンが出走するのは汐留特別――中山芝1200mで行われる。

     本来なら特別戦では無く、一般レースに出走させた方が良いのだが、生憎ダート戦や中距離戦しか無い。

     1週間後になれば、芝1600mの一般戦があるのだが、体調の事を考えると仕上がっている現状で出走させた方が良い。

     馬の体調は人と同じ様に崩す事があり、季節の変わり目が一番危ないのだから。

     閑話休題。

     サイレントアサシンの人気は相変わらず、最低人気でありオッズも平行線を辿っている状態が続いている。

 

    「サイレントアサシン……馬体重は前走比からプラス6kgの……です」

 

     ラジオからの音声は馬体重の上昇を示しており、これは成長分をプラスした馬体重を言った方が正しい。

 

    「増加量は少しだけ増えているが、ちょっと少なすぎないか?」
    「確かに……半年近く休養して、これだけの成長は物足りませんね」

 

     うーん、と首を傾げつつ、ラジオに聞き耳を立てながら淹れたてのコーヒーに口を運ぶ2人。

     秋名はコーヒーカップに口を付けたまま、本日発売された競馬新聞を読んでいた。

 

    「サイレントアサシンは乗り代わりか」
    「そうでしょうね……休養明けですし」

 

     あくまでも代理騎手なのだが、次走からキチンと前走まで手綱を握っていた騎手が戻ってくるとは限らない。

     騎手だって勝てる馬に騎乗して勝ちたいのが本音だろうし、勝てない馬に乗り続けて進上金を手放すのは誰だって嫌だろう。

     勿論、付き合いがあり幾多の馬で恩が出来た馬主からの依頼だったら無下に断る事が出来ない。

 

    「んで、この騎手は知っているか?」

 

     秋名は競馬新聞の馬柱に書かれている馬名の下にあり、枠に囲まれた部分――騎手の名前を示す。

     いえ、と秋子は示された騎手の名前から顔を思い浮かべてみたがまったく知らない騎手のようだ。

 

    「地方の騎手かもしれませんね」

 

     秋子がそう呟いた時に、レース前に行われる録音されたファンファーレがラジオを通して鳴り響く。

 

    「15頭無事にゲートインを完了……」

 

     ガシャン、とゲート音が響きスタートが切られる。

 

    「まずはサイレントアサシンが先手を奪い、2番手以降は控えるようです」

 

     本日の中山競馬場付近は朝から雨が降っており、既に馬場状態は不良馬場なので、抉れた泥を跳ねている。

 

    「先頭から最後方まで……15馬身」

 

     この馬場状態では現在、逃げている故障明けのサイレントアサシンが最後まで持つとは思われていないので2番手以降はなかなか仕掛けない。

 

    「後方に待機していた馬が仕掛けられて徐々に上がってきます」
    「残り600m、相変わらず先頭はサイレントアサシンです」
    「さぁ、最終コーナーを越え、徐々に先頭との差は縮まってきたか」
    「サイレントアサシンの脚色は鈍らず、このまま逃げ切ってしまうのか?!」

 

     アナウンサーの実況から、察するとサイレントアサシンは逃げ切り濃厚状態らしく、2人の表情は驚愕になっている。

 

    「……が追い込んできたが届かない。勝ったのはサイレントアサシンです」

 

     秋子と秋名はお互いに顔を見合わせた後に、絶叫を響かせてしまった事を記しておく。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。