サウンドワールドが僅差――首差で摩周湖特別を勝利した事で1000万下は卒業出来た。
だが、この勝利で秋子はより頭を抱えてしまう事実を抱え込んでしまう。
それは、この距離――1500mを勝利したという事は、間違いなく菊花賞では距離不足に泣く事になる。
ここで惜敗する様ならば、もう少し距離延長したレースから菊花賞を目指せられるプランが崩壊してしまった。
なので、天皇賞・秋orマイルチャンピオンシップを目指すのが一般的な考え。
競馬界の特殊的な閉鎖環境からすると、3歳馬のサウンドワールドが天皇賞・秋に出走するのは懸念が付きまとう可能性が高い。
嘲笑を浴びるのが嫌なら距離不足で惨敗するのを前提に菊花賞に回した方が良い。
勿論、菊花賞に出して距離不足で負けたなら批判もある。
前門の虎、後門の狼と言っても良いくらい、片方から逃れても一方が待ち構えている状態。
「さて、どっちの方が良いでしょうか?」
「やはり、天皇賞・秋の方が距離的には良いと私は思うが……」
秋名は1500mの距離を勝った馬が3000mを走り切れるとは思わないと言いたげな表情を覗かせる。
「では、マイルチャンピオンシップはどうでしょうか?」
「……そんなに天皇賞・秋は回避したいのか? まぁ、取り敢えず質問の答えはマイルでもちょっと短いと思う」
はふぅ、と秋子は嘆息を吐いてから、べったりとテーブルにうつ伏せ状態になってしまう。
難産な問題であり簡単に決まるような事柄では無いので、日によって議論は進展しない時もある。
灰皿には秋名が煙草を吸った後がそのまま残っており、多数の吸殻が積まれていた。
そのためゆらゆらと揺れ動く紫煙が空中に漂い空気が停滞してしまい、重苦しい雰囲気。
暫らくは会話が無く、思い思いの行動をしていたが何かを思い出した様に秋名が口を開く。
「サイレントアサシンの復帰はいつだ?」
「えっと……現在は入厩したので9月始めには復帰すると思います」
サイドボードに置かれているカレンダーに手を伸ばして見てみると、確かに入厩した日が赤丸でチェックされていた。
完治したのは7月上旬頃であり、復帰戦に向けて育成牧場で調教を積んでいたのである。
後は厩舎で調教を重ねれば、復帰戦の体調はバッチリという所まで進んでいた。
「復帰戦も楽しみだが、2歳馬の2頭も楽しみとは言えるな」
「そうですね。馬名も決まっている事ですし」
メモ用紙には名雪が記した、と思われる文字で2頭分の馬名が書かれていた。
ファントム産駒にはルリイロホウセキ。
エターナル産駒にはミストケープ、と牝馬らしい馬名となっており、既に馬名申請用紙に記述済み。
後は送るだけですね、と呟いてから秋子は椅子に座ったまま軽く背伸びをして、白い雲がぽっかり浮かんでいる真っ青な空を窓越しで眺めた。
その頃、Kanonファームから数km離れた場所にある中規模の牧場では草競馬大会が行われようとしていた。
多数の幟がバタバタと長閑な風によって揺られている中で、牧場関係者や夏の観光客が訪問している。
草競馬なので牧場関係者にとってはお祭りみたいな物であり、その為か少ないながらちゃんとした屋台があったりする。
まぁ、牧場関係者には屋台よりレースを見た方が癒されるのか、ポニーのレース中でさえ、叫び声を響かせていた。
さて、名雪と祐一は今年も出走する為にこの場所に立っているが、未だに優勝した事は無かった。
祐一は初めて草競馬に出走した時に比べると、安定した成績を残しているのだが優勝経験無し。
名雪も良い所まで行くのだが、毎回毎回優勝を阻まれてしまっているので今年の気合は一味違うようだ。
その証拠に、控え所では出来る限り他人と接触せずに精神統一を行っている。
ここまでの予選は何事も無く、2人とも突破しており後は優勝するのみ。
「さて、そろそろ出番かな?」
ん、と背伸びをしてから控え所に置かれているヘルメットを被り、外に向かう。
既に少年部はゴール直前になっており、祐一が騎乗するポニーは先頭に立ってゴールに飛び込んだ。
「祐一が優勝したかぁ。わたしも頑張らないと」
祐一は馬上でガッツポーズを繰り出しており、名雪はそれを見て気合を入れなおしポニーに向かって行く。
「名雪、頑張れよ」
「そろそろ、川澄さんを負かさないと悔しいしね」
コツン、とお互いの握り拳をぶつけ合い、名雪はレースに祐一は表彰台へと向かって行った。
そして、Kanonファームには輝いてる小さな2つの優勝カップがサイドボードに置かれた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。