サウンドワールドが皐月賞以来の復帰戦に出走する。
秋子は調教師に天皇賞・秋に出走できるかの意向を問い合わせてみた所、反応はいま1つだった。
むしろ、調教師だからこそ暗黙の了解に逆らう事は出来ず村八分にされる恐れがあるのかもしれない。
競馬界は独自の形態で成り立っており、何か1つの問題が浮かび上がったら瞬時に噂となって各地に広まってしまう。
まして、秋子が天皇賞・秋に3歳馬サウンドワールドを出走させたい事は困難の方が付きまとう。
勝てなかったら何を言われるか分からないし、何よりも実績が少な過ぎて嘲りの方が多い可能性が高いだろう。
その事を考えると出走させるには信念を持ち、噂や罵りに耐えなくてはならない。
日本競馬は新たな事を受け入れる事に関しては時間が必要であり、一度受け入れてしまえば後はドンドンと続く事が多い。
サウンドワールドが好成績を挙げれば栄光を、大惨敗したら嘲笑を浴びてしまう。
それくらい特殊な空間であり、閉鎖的な部分が見受けられるのが特徴。
「んで、どうするの? このまま天皇賞・秋を目指すのか、菊花賞を目指すのか」
「新しい流れを掴むかもしれない事を見逃すのはな……」
「挑戦するのもありだと思う」
上からに順に名雪、秋名、祐一であり全員が肯定として受けて止めているが秋子だけはどうしても迷いを吹っ切れない様子。
ここで菊花賞を選択しても、誰もが秋子を責める事はしないだろう。
「まぁ、今決めなくても今日の結果次第からで良いぞ」
時間はまだあるしな、と秋子の頭に手を乗せてポンポンと軽く叩きながら秋名は囁いた。
「……そうします」
秋子は唇を震わせつつ弱々しい声を吐き出しながら、椅子から立ち上がって放牧地に向かって行く。
3人はただその様子を眺めているしかなかった。
さて、サウンドワールドが出走する1000万下は札幌競馬場で行われる。
高レベルのメンバーが集まりやすく、例えレベルに違いがありすぎても後に繋がる事もあるので発走除外になる馬も多い。
それくらい夏の札幌競馬場は高レベルのメンバーが出走し、小倉の気温差なども理由にこちらの方に向かう厩舎もあるくらい。
閑話休題。
サウンドワールドが出走するレースは芝1500mで行われる摩周湖特別。
非幹距離――1500mであり、初出走する距離なのがどう出てくるかが問題点として挙げられる。
今まで勝利した距離では1800mが最低距離で、ここを勝利してしまうようでは菊花賞は距離不足に泣いてしまう状況になりえる。
1500mを勝つような馬が3000mの菊花賞を我慢出来るとは思えないし、短距離と長距離を両方勝った馬は過去にはタケシバオーくらい。
それくらい厳しいので、むしろマイルチャンピオンシップか天皇賞・秋の方が良い。
「さて、結果はどうなるかな?」
全員がTVの前に集まり、サウンドワールドの挙動を1つも見逃さないと言う表情で観戦をし始める。
サウンドワールドの人気は前走が皐月賞出走馬にしては、3番人気と甘んじでいる。
久しぶりの出走なのも、この人気の原因だろう。
そして、スタートが切られる。
サウンドワールドは問題無いとは、言い切れない微妙な位置――6番手からのスタート。
10頭立てなので出走頭数が少なく、この位置では差しと言っても良い。
ペースは速いわけではなく淡々と平均ペースが刻まれており、強烈な切れ脚を持たないサウンドワールドにはもう少し前に居た方が良い。
札幌競馬場の直線は266mと函館競馬場に次いで短いのだから。
1000mを通過した時点で後方の馬が少しずつ差を詰めて来ており、サウンドワールドの騎手も呼応して上がっていく。
その後は3コーナーと4コーナーを過ぎ、直線間際まで大きな流れは無かったがここに来て変動した。
そして、直線。
サウンドワールドは現在4番手までに上がっており、先頭からおよそ3馬身程度の場所に位置している。
200mちょっとの直線とは言え、一気に行くのは無謀なのでジリジリと差を詰めていく。
先頭にいる先行馬は思わぬ逃げになったのが、ここで響いたのかズルズルと下がっていく。
勝利馬は絞られた3頭になり、叩き合いの展開に持っていくためにサウンドワールドは馬体を寄せに向かう。
残り10m。
3頭の馬体が叩き合いになり、グィとゴール前で鼻先を伸ばし勝利したのはサウンドワールドだった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。