自棄酒で1本のウィスキー瓶を空にしたお祓いのお陰でか、7月の最終週には2勝し、いつもの調子が戻ってきたようだ。
エレメントアローとエアフリーダムが、それぞれ1000万下の勝利を1勝ずつ分け合った。
この2頭はとにかく何度も同じタイミングが何度も重なり、勝利ペースは寸分無く一緒である。
デビュー時はそんな事はなかったが、2戦目から同じタイミングで出走する事が増えたが、それぞれの厩舎は東西なので簡単に合わない筈。
「なんて言うか、双子みたいな馬だね」
「そうね……お陰で家計が助かっている事が多いわ」
実際の双子馬は体調を崩しやすく、出世しないので受胎時に片一方を潰すのが暗黙の了解となっている。
それくらい双子のサラブレットは走らないので、誰もが高額の種牡馬を種付けして産まれてしまったら絶望してしまう。
この2頭が同レースに出走した事は無いが、何となく一緒に着外になりそうな危うさも持ち合わせていそうである。
まぁ、東西の厩舎に入厩となっているので重賞でもない限り滅多に顔合わせはしないだろう。
勝機があるなら、それぞれの地域で出走させた方が効率は良いのだから。閑話休題。
今年はこれで4勝目になったのだが、前年の9勝に比べるとややペースは遅い方だろう。
クラシックに初挑戦したサウンドワールドが居る分、別の意味では運が良いと言える。
日本ダービーではなく皐月賞だが、18頭中8着になれたのはKanonファームでは両方とも初めての事。
重賞ではちょくちょく入着を繰り返す馬は産まれる様にはなったのだが、G�欺仭�自体はサウンドワールドが第一号。
「サウンドワールドの次走は決定しているの?」
「白百合Sに出走予定だったけど、除外されたから現在は未定よ」
秋子は手を頬に当てながら、一瞬だけ眼を閉じてから憂いを帯びた表情で吐息を吐いた。
そうなると、と名雪はボソッと呟いて何か考えだしたようだが、秋子には何が言いたいのかは見当が付かない。
「1000万下からだと、夏には2戦でOPに上がらないと菊は厳しいかな?」
「……そうね、格上挑戦しない限り最短距離では厳しいわね」
顎に手を添えて、名雪の言い分を聞く秋子だがローテーションは基本的に調教師任せなので口出しはしない事が多い。
だが、こういう時に限って口を出して調教師と関係が悪化するのも問題であり、出来る限り言い分は早めに言った方が行動しやすい。
サウンドワールドの当面目標は菊花賞に出走だが、現時点だと距離適正は2000m前後までが安定している。
なので、秋の目標は天皇賞・秋にしても良いくらいだが、3歳馬は菊花賞を狙うのが暗黙の了解となっていた。
「天皇賞・秋に出走させてみたいわね」
ポツリと本音が洩れた秋子だが、名雪も同意しており菊花賞では距離が長すぎると思っているようだ。
「勝率があるなら、菊花賞より天皇賞・秋の方が良いね」
そもそも現在の本賞金は1000万に満たないので、確実に除外される。
1000万下→1600万下→重賞のステップアップ方式で、どれも1着で通過なら出走枠は問題ないだろう。
トントン、と秋子は人差し指でテーブルを叩きリズムを取りながら問題点を打破しようと考えているようだ。
「天皇賞・秋を3歳馬が勝った馬は……」
秋子は記憶を辿るが、まったく馬名が出てこないので自室に置かれている競馬辞典を本棚から取り出しに向かう。
埃を被りボロボロの背表紙には過去に行われたレースの写真が使われているがレース名と勝ち馬が分からないほどの年代物。
「けほ……随分古い辞典だね」
つぅ、と背表紙をほっそりとした絹のように肌の張りが細やかな人差し指でなぞり、名雪はふっと埃を吹き咳き込む。
1970年と古びた文字で書かれたそれは、秋子にとっては懐かしい物であり名雪にとっては初めて見た物。
「後で読んで見ても良い?」
「ええ、いつでも良いわよ。いつか渡すつもりだったし」
さて、と秋子は埃まみれだった表紙を拭き終わるとページをゆっくりと捲っていく。
天皇賞・秋の歴代勝ち馬のページになると、秋子は劣化で茶色くなってしまった部分を指でなぞっていく。
すると、天皇賞・秋で3歳馬の勝ち馬は第1回まで遡らないと勝ち馬はいなかった。
帝室御賞典・秋と呼ばれ、1937年の競馬時代は現在とはまったく体系が
違う53年も昔の事である。
「これでも挑戦してみる?」
出走出来るならね、と秋子は付け足しておく。
「わたしとしては賛成だけど、調教師さん次第じゃない?」
秋名さんと祐一はOKの可能性が高いから大丈夫だろうね、と笑いながら名雪は呟いた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。