今週になって、ようやくフラワーロックの仔馬とファントムの仔馬が誕生した。

     今年はフラワーロックも落ち着いているので、去年と違い初乳をキチンと授乳しており、秋子と秋名はホッとしている。

     ファントムは既に大ベテランなので、慌てた様子も無く初乳を与えており安心感がある。

 

    「今年は無事に全頭産まれました……と」

 

     産まれた仔馬の日にち、特徴などをノートに記入して馬体の異常点が無い事を秋子はホッとしてノートをパタンと閉じた。

     日記帳代わりと言っても良いこのノートには、日々に成長していく仔馬の詳細が書かれており、何度も利用しているので表紙がボロボロ。

     競走成績表は別のノートに記入しているので、こちらには書かれる事は無いが同じように古びた感じが醸し出している。

     どちらのノートも丁寧さが滲み出た達筆で書かれており、文字で人なりが良く表れている。

     パラパラ、と秋子は今まで自身が書いた部分を読み直してみるが、首を傾げたくなるような状況もあった。

     飼い葉配合も同じような組み合わせが続いている日々があったりして、反省する部分が多い。

 

    「うーん、反省する部分がこれだけあるとは……」

 

     見直す事をしただけでもマシであり、同じ事を何度も見直す事もせずに繰り返す牧場の人物よりは秋子の方が優秀だろう。

     間違いに気付いて成長する事が出来るのだから。

     閑話休題。

     3頭の仔馬が産まれた事で、来月には種付けをする為に繁殖牧場に連れて行かなくてはならない。

     だが、配合は未だに決まっておらず、毎年と同じ様に秋子は頭を悩ませているが、様々な配合を考えられるので一番楽しみな時間とも言える。

     秋子はチラリと、壁に掛かっている時計を見上げると短針は12を指しており長針は6を指している。

     既に起きているのは秋子だけなので、室内は朝昼の様な賑やかさは無く、時計の秒針のみが音を騒ぎ立てていた。

 

    「ふぁ……もう、こんな時間ですか」

 

     秋子は薄いピンク色のカーディガンを肩に掛け直して、記入していたノートを両手で抱えるように持ち、リビングの電気を消灯する。

     その場には何も残らず、誰もリビングに居なくなった事で秒針の音が先程より大きく鳴っているだけだった。

 

 

     翌日。

     大きな入道雲や変わった形の積雲が浮かんでおり、場所によっては落雷の注意が必要だが全体的に晴天だろう。

     それは置いておいて、本日はスプリングSが行われる日。

     つまり、サウンドワールドが皐月賞の切符を入手するためにスプリングSに出走する。

     出走馬のレベルはそれなりの高さであり、デビュー2連勝のストロングクラウンが1番人気。

     それに続くのが前走1600m戦で勝利したサクラアサヒオー。

     3番人気が前走2着に敗れたアズマイースト。

     そして4番人気となったのがサウンドワールドであり、実力的には僅差と言っても差し支えない。

     もう一つのステップレース――弥生賞に比べるとメンバーが小粒であり、サウンドワールドも出走権利を得る確率が高い。

     因みに弥生賞で出走権利を得たのはメジロライアン、ホワイトストーンとアイネスフウジン。

     メジロライアンはひいらぎ賞→ジュニアC→弥生賞と3連勝を飾って皐月賞への切符をゲット。

     ホワイトストーンはそれなりの実力があるのか、朝日杯フューチュリティSで5着になっている。

     アイネスフウジンは朝日杯と共同通信杯を勝利しているので、ここでは体調を合わせる為に出走した未見が強い。

     こうして見ると、弥生賞の方がレベルは高くスプリングSから出走権利を得る為の出走は成功だろう。

     閑話休題。

     サウンドワールドは入れ込みが無く、気合が乗った状態で輪乗り場所を闊歩している。

 

    「……これならっ」

 

     秋子は出来る限り思いを口に出さず黙っていようとしたが、さすがに様子を見ていると自然に口が開いたようだ。

     全員が秋子の言い分に頷いている内に、重賞特有のファンファーレが流れ各馬がゲートに入っていく。

     サウンドワールドは2枠2番と芝が荒れてなければ、絶好枠だったがそうも言っていられない。

     全頭が何事も無くゲートイン入りを果たして、スタートが切られる。

     サウンドワールドは4〜5番手を先行を取り、馬場が悪くないやや外側に馬体を向ける。

     他馬は無視して自分のレースをしてくれれば、出走権利を得れる確率が飛躍的にアップする可能性が高い。

     距離が1800m、と非幹距離なので不得意な馬と得意な馬の差が如実に現れるだろう。

     1コーナーと2コーナーを越えて、向こう正面でレースが進んでいく。

     上位人気馬も自分の位置をキープしており、逃げている馬をいつでも捉えるタイミングで動けるようだ。

 

    「1000mの通過タイムは59.5か」

 

     TV画面の右上にはタイムが表示されており、平均ペースだと分かる。

     各馬の動きが無いまま、3コーナーを過ぎて最終コーナーが鼻の先に近づいてくる。

     先に動き出したのは、後方に控えていた追い込み馬。

     その為、一気にペースは上がって各馬が波に飲み込まれないように仕掛けて行く。

     先行勢はワンテンポ遅らせてから、仕掛けるためにまだまだ手綱と鞭は動かされない。

     残り200m。

     アズマイーストがグイグイと伸びてきており、サクラアサヒオーも追い込んでいるが地力の違いが僅かに現れている。

     そして、サウンドワールドもジリジリと脚を伸ばしているがアズマイーストには勝てそうも無い。

     そして、ゴールイン。

     サウンドワールドの着順は――3着、即ち皐月賞の出走権利を得た事になりKanonファームでは歓喜の叫びが響き渡った。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:アズマイースト……主な勝ち鞍はスプリングSのみ。
     注2:ストロングクラウン……1.7倍人気と圧倒だったが6着に敗れている。
     注3:サクラアサヒオー……父がモガミ産駒であり、スプリングSは4着。
     注4:メジロライアン……馬名の意味はアスリートのノーラン・ライアンから取られている。
     注5:ホワイトストーン……シービークロスを思わせる芦毛馬。