サイクロンウェーブが入れ込まずに走り切って、おまけに入着――5着と2度も美味しい事が味わえた。
しかも、初挑戦のダートで5着なら十分な成果と言えるし、新たな路線へのプランが立てられるようになった。
これでアストラルが引退した後も、暫定エースはサイクロンウェーブに委ねる事になる。
現4歳馬のエアフリーダムとエレメントアローは出走数が少ないし、まだ実力は見切れていないのでエースには成り得ない。
現3歳馬も同じ様な理由でエースからは除外され、アストラルは次走で引退。
消去法で残ったのが現時点ではサイクロンウェーブしかいないのである。
勿論、エアフリーダムとエレメントアローが活躍したらエースに成り得る事だってある。
ただ、サイクロンウェーブは10戦2勝とこの成績では少し心細いのが事実。
そのため至急にエースが誕生して欲しいのが秋子の本音だろうが、その事は直接秋子が口にしたのは誰も聞いていない。
焦燥感はあるかも知れないが、気を揉んでも仕方ないので常に平常心でいるのかもしれない。
「焦っていないよな?」
秋名は厩舎掃除を行っている手を休めて、同じく厩舎内で飼い葉配合を考えている秋子に釘を刺しておく。
秋子は振り向きもせずに飼い葉の配合に勤しんでいるが、キチンとした応答が返って来た。
「焦燥感は無いと言えば嘘になりますが、そう……見えますか」
私から見たらだがな、と秋名は一番付き合いが長いから分かると言いたげそうな事を呟いた。
秋子は飼い葉の配合が終わったのか、飼い葉桶をそれぞれの馬房に吊るしに向かう。
その途中に、秋子は囁くような声で秋名に向かってお礼の言葉を述べたが言われた本人は気付かなかったようだ。
実際は気付いており、言われたのが恥ずかしかったのかも知れないがその様子はおくびにも出さなかった。
全ての厩舎掃除などの作業が終わり、2人は吐息を吐き出しながら新雪の上を歩きながら家に戻って行く。
家に戻ると秋子はすぐさまにキッチンにトタトタと足音を立てながら向かって行く。
お湯を沸かし、その間にコーヒー豆を手動コーヒーミルで挽く。
ゴリゴリ、と小気味良い音を立てながら秋子は一心にコーヒー豆を挽いており、その間に秋名はカップなどを取り出して準備を手伝う。
そして、お湯が沸くと秋子はドリッパーにお湯を注いでから挽いたコーヒー粉を落とす。
粉を均等にしてから、コポコポとのの字を書くようにゆっくりとお湯を注いでいく。
ピチャンピチャン、とドリッパーから零れ落ちるコーヒーがサーバに少量
ずつ溜まっていく。
ドリッパーには焦げ茶色の小さな泡が注がれたお湯によって生まれていた。
「出来ましたよ」
秋子はサーバのみを所持して、秋名がカップを出して待っているリビングに
向かう。
コポコポ、と上品な音を立ててコーヒーカップに注がれていくのを眺めている秋名。
「相変わらず、美味いな」
「ふふっ、ありがとうございます」
実に秋名は美味しそうに飲んでおり、その様子を見て秋子は嬉しそうに微笑んでいるのが、何時もの情景である。
優雅なコーヒーブレイク中に、一本の電話が鳴り響く。
秋子はその音に気分を害したような表情を顔に出しつつも、素直に受話器に近づく。
「はい、Kanonファームですが……」
秋子はサイドボード上に置かれているメモとボールペンを取り、電話の内容を記していく。
「えっ……はい、分かりました。では、失礼します」
秋子の眉間にはいくつものの皺が寄っており、あまり良い話ではなかったのを秋名は咄嗟に判断する。
秋子が口を開くのを待ち、話すまで秋名はコーヒーカップに口を付けてチラリと秋子の顔を窺う。
「サイレントアサシンが骨折したようです」
なるほど、と秋名は頷いてから治療期間はと質問をする。
「……約半年程度らしいです」
秋名は天井を仰ぎ見つつ深く溜息を吐いて、秋子はがっくりと肩を落として秋名と同じタイミングでより深く嘆息を吐いた。
その様子はお通夜のように重い空気を周辺に漂わせていた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。