周辺は賑わっていた。

     多数の人が新聞を広げたり、マークシートに買う馬の番号を塗り潰したりしている。

     殺気立って馬券を買っている人物も居れば、楽しそうに予想をしていたりと まさに十人十色の行動がそこにある 。

     元から秋子は買う馬は決まっているので、手早くマークシートを手馴れた様子で塗り潰す。

     秋子は自分の持ち馬が中央に出走をするので、応援を込めて単勝馬券を購入した。

     馬券には出走レース10Rとプリントされており、その下には出走馬の馬名と購入金額。

     購入は100円ぽっきりだが優勝しても換金する気は無く、取っておくつもりだろう。

     秋名も購入しているが、単勝ではなく複勝なので当たったら換金する気が満々である。

     購入額は秋子と同じく100円だが、秋名の方がギャンブラーと言えるだろう。

     秋子は応援馬券だが、秋名は勝負になると踏んで秋子に代わって出走を決めて、このように複勝馬券を購入。

     秋子に馬券で儲けようとする事は滅多に無く、買う意志が無いと言った方が近い。

     秋子曰く、邪な気持ちを持ってしまうから当たらなくなる、と言う持論があるらしい。

     なので、祐馬の騎乗時と父の持ち馬が出走する時以外の馬券は買う事は絶対に無かった。

     秋子は秋名が東京に住んでいた頃は馬券を買っていたかは知らないが、こっちではビギナーラックだと思えないくらい当てる時が多い。

     噂だとここ、ウインズ静内は馬券が当たりやすいと言われているので、秋名もその恩恵を授かっているのかも知れない。

     因みにKanonファームは近くの牧場の人に頼んで、馬を見てもらっている。

     なので、帰宅したら直ぐに作業をする事になるだろう。

     秋名は人差し指と中指の間に馬券を挟んで、クルクルと回して弄んでいる。

 

    「偶には応援馬券じゃなくて、普通に買ってみたらどうだ?」

 

     うーん、と頬に手を当てつつ、眉を八の字にして困った表情を見せる秋子。

     秋子は暫く考えるが、なかなか踏ん切りがつかない様子。

 

    「……秋子はギャンブルには向かないな」

 

     女性らしくほっそりとした秋子の肩にポンッ、と手を置く。

     大金を賭ける訳でも無いのに長考をし過ぎているだから、秋名から見ても秋子はギャンブルには向かないのが分かる。

 

    「自分でもそう思います」

 

     秋子自身も長考のし過ぎている事がギャンブルには、向かないと思ったようだ。

 

 

     そして、10レースの出走時間が近づく。

     秋子の所有馬は3枠であり、枠の色に規定された赤いヘルメット。

     勝負服は地方競馬だと騎手が決める物なので中央だと使えないので、今回は競馬協会からの借用勝負服である。

     ヘルメットと同じ色を使われており左上と右下が赤く、左下と右上が白い勝負服をジョッキーは着用している。

 

    「こうして見ると、あの勝負服はダサいな」

 

     観戦用に設置されている小型の画面を見て、秋名の呟きを聞いて秋子も同意する。

     他のジョッキーはキチンとした中央馬主の勝負服であり、模様の種類も様々なバージョンがある。

 

    「いつか、中央の馬主になりたいですね」
    「……そうだな」

 

     中央競馬協会の馬主審査は応募したのだが、未だに書類類は送られてこない。

     審査に時間が掛かるのか、それとも破棄をされたのだろう。

     考えているうちにゲートインが始まる。

     3枠の馬――秋子の所有馬はゲートインを嫌がる素振りを見せ、尻っぱねを行ってしまう。

     つまり、入れ込んでいる状態なので、なかなかゲートインを行わないのでレースの遅滞を招いている。

     何とかゲートインは完了するのだが、ゲートに突撃しそうな状態なので騎手は自分の足がゲートに挟まれないようにしている。

     そして、他馬はゲートインをスムーズに行われており、秋子の所有馬だけがゲート入りを拒んだ。

 

 

     レース結果は非常に最悪なものであったため、秋名はビリビリと馬券を細かく千切って、撒き散らす。

     パラパラと紙ふぶきはウインズの通路にばら撒かれたが、秋子は秋名の行動がよく分かるので咎めない。

     レース結果が画面にリプレイで表示される。

     一頭の馬が大きく出遅れた挙句に、無理矢理にでも中団に位置を着けたいのか騎手は手綱を扱いて急にスピードを上げる。

     出遅れた馬は秋子の所有馬であり、このシーンを見た秋名はこめかみに青筋を浮かべている。

     レースは3コーナーの中盤辺りで動き出し、一頭だけが既に鞭を入れられて直線前で失速。

     そして、先頭からゴールした馬から約7馬身着けられて、秋子の所有馬は最下位でゴールイン。

     因みに上位5頭は接戦で制しており、秋子の一頭を除いて2馬身も差が無い。

     短距離のダートで出遅れてから無理矢理、中団に取り付けて直線前で失速したこのレースは最悪な騎乗が一番の原因だろう。

 

    「これじゃあ、とても他人を乗せる気が無くなる」

 

     秋名は言い放つが、秋子は沈黙をしており所有馬が負けたのがよっぽど悔しいのか唇をギュッとかみ締めていた。

 

    「でも、そんな事を言っていたら誰も乗せる人物が……」

 

     はっ、と何かに気付いたのか秋子は秋名の腕にしがみ付いたまま顔を見上げる。

     秋名の顔は一つの目標に向かって真っ直ぐと見据えた顔だった。

 

    「祐一を……騎手にさせようと思う」

 

     周辺の人物は重賞レースを観戦しており、誰も秋名と秋子の事なんか気にも留めない。

     この二人の周りだけが時間が止まったように、時間が過ぎていった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ウインズ……場外馬券場の事であり全国に35箇所ある。