サイレントアサシンがデビュー戦を迎える。
デビュー場所は、日本の競馬で最も大レースが行われる所――東京競馬場。
この競馬場は紛れの数は少なく実力がある馬が勝利しやすいと言えるが、実力が伴っていないと非常に厳しい。
日本最大の競馬場であり、525mもある直線に高低差が2mある最後の壁――名勝負を生み出す坂。
幾多の名馬が敗れた坂でもあり中山競馬場程の高低差は無いが、馬には厳しい坂なのは確か。
そして、広い馬場で繰り上げられるサラブレット同士の戦い――レースは汗を握るほど迫力がある。
サイレントアサシンが出走するのは、そういう場所なのだが本馬は人気が無いと一言で表せるくらいオッズが高い。
父ハギノカムイオーは種牡馬成績が著しく無いのが、原因と取れるくらい人気の無さが目立つ。
16頭中15番人気とブービー人気と、まったく期待されていないのが人目で分かる。
因みに距離は芝1400mと、非根幹距離のレースなのが人気の無い事を起因しているかもしれない。
「……これは諦めた方が良さそうですね」
「0.001%くらいの確率だろうな」
銀行の金利並みの確率を言う秋名の言葉に釣られて、秋子は噴き出してしまうが一応堪えて、真面目な表情に戻す。
まだサイクロンウェーブの方が期待出来そうだ、と同日に出走する方に期待を寄せる秋名。
サイクロンウェーブが出走するレースは東京10レース芝2000m――精進湖特別。
コースこそは前走と違うが、距離は同距離なので入れ込んで負けた事を差し引いてもマイナス寄りだろう。
その理由は最近の成績が頭打ちな事と、入れ込んでレースがままならない事が増加している。
このレースも入れ込んで惨敗したら、セン馬――睾丸を取ったしまった方が成績が上がるかもしれない。
「まぁ、今日の結果次第ではセン馬ですかね?」
「入れ込まなきゃ、の条件付だがな」
歳を取れば取るほど、落ち着く馬もいるがサイクロンウェーブは逆に歳を取ってから気性が悪くなっている。
父マルゼンスキーの産駒は、そのような事はあまり無いので母系の影響だと思われる。
そんな話をしている内にサイレントアサシンのデビュー戦が行われる前だった。
ゲート入りは落ち着いたもので、スッと嫌がる素振りも見せずに入る。
そして、スタートは綺麗に魅力がある形で他馬よりワンテンポ早く先頭に立つ。
「スタートは上手いですね」
「……今の所は、何も問題無さそうだな」
ただ、と前置きを述べてから秋名は一言付け加える――東京競馬場で逃げ切りは困難だろうと。
芝コースでは特に逃げ切りの勝率は低く、直線の長さから差しと追い込みが圧倒的とは言わないが良績を上げている。
新馬戦なので、左も右も分からない馬が東京競馬場を逃げ切るのは至難の業だろう。
600mを通過した時点のタイム42.2とそこそこの速さでレースが進んでいく。
このペースだと間違い無く、サイレントアサシンは惨敗してしまう可能性が高い。
525mもある直線をこのペースで逃げ切るのは至難なのだから。
2番手以降の馬はサイレントアサシンが下がってくるのを待ち侘びているから騎手の仕掛けで直ぐさま動けそうな状態。
「これは終わったな」
残り300mにして、行き脚が大分鈍って来たのか少しずつペースが落ちていく。
そして、他馬が騎手の鞭と手綱によって徐々に進出してサイレントアサシンを飲み込もうとしている。
が、事態は思わぬ方向に向かっており、馬体を合わせてサイレントアサシンが粘っている。
残り200m。
坂は既に越えており、ゴールまであと僅かといった所。
まだまだ、サイレントアサシンは馬体を合わせられたまま叩き合いを演じており、ここで怯んだ方が負けなのは確実。
そして、ゴールイン。
結果は3着の枠は表示されているが、サイレントアサシンと2着馬の着差には“写”と写真判定となった。
数分後、単勝102倍――100円で10200円となる万馬券が表示され、サイレントアサシンの勝利が決まった瞬間だった。
「……以外だ」
ぽっかり、と大きく口を開けたまま固まった秋名が唯一、口に出来た言葉のはこれだけだった。
秋子の方は言わずがな、歓喜表情が浮かんだままでの硬直状態になっていた。
因みにサイクロンウェーヴの方は道中の入れ込みが災いして、又にしても惨敗となってしまう。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。