相変わらず、北海道の夏とは思えないほど気温が高い状態が続いておりサンサンと日光を照らしている。

     様々の蝉の鳴き声が時雨のように音を奏でており、夏の情景がそこにはあった。

     夏競馬が毎日賑わっている時に、馬運車に乗せられてKanonファームの元に1頭の馬が戻ってきた。

     馬運車に揺られながら、美浦の厩舎から長時間掛けて移動して来たのでギプスの巻いた脚ではバランスが取り難いので疲労が多い。

     完璧に治った訳ではないが、大分治療が進んでいるので頃合いだったのかこの時期に戻る事になった。

     その馬の名はジェットボーイ。

     今年の2月に屈腱炎を発症して引退した秋子にとっては初の所有馬であり、ようやく牧場に帰ってきた。

     この時の為に秋子は功労馬専用の小さな放牧地を作り上げており、これからも多数の馬が利用する事になるので領地は少しずつ拡大中。

     ギプスを付けているので、暫らくは放牧には出せないだろうが牧場の空気を吸っている分完治が早くなる……かもしれない。

     少なくとも、厩舎でジッとしているよりは自然の傍にいた方がストレスは溜まる事は少ないと思われる。

 

    「お疲れ様」

 

     秋子は一言口に出してから、ジーンズのポケットに詰め込んでいた1本の人参をジェットボーイの目の前に差し出す。

     ふんふん、と鼻を近づけてジェットボーイは目の前に差し出された人参を齧りだす。

     ポリポリ、と良い音を立てながら食べているので美味しさが伝わってくるだろう。

     まぁ、中には人参が嫌いな馬もいるのだがジェットボーイは普通くらいだと厩舎から伝わっていた。

     いつの間に、1本目が秋子の手元から無くなっており2本目をせがむが秋子が手に持っていない事が分かる。

     後ろのポケットにもう一本あるのだが、秋子が差し出そうとする前にジェットボーイが秋子の腰に首を回してサッと取ってしまう。

     キャッ、と秋子は軽く悲鳴を上げて恥ずかしそうに頬を赤く染めてしまうが、生憎目の前にいるのは馬なので意思が伝わっていない。

 

    「んもう……本当にお疲れ様」

 

     秋子は柔和なで慈しみのある眼差しをジェットボーイに向けつつ、スッと鼻筋を暫らく撫で続けていた。

 

 

     家に戻ると名雪が競馬番組を見ており、秋子が戻ってきた事が気付くとメモ用紙を差し出す。

     そのメモ用紙には綺麗な文字でサイレンスアサシンと馬名が書かれていた。

 

    「うん、良いんじゃないかしら」

 

     ちょっと牝馬っぽく無いかなと思ったけどね、と名雪はチラリと舌を出して悪戯したような表情で笑っていた。

     ありがと、と秋子はお礼を言ってサイドボードの上にメモ用紙を置いておく。

     必要な書類に書かなくてはならないし、作成するのが慣れていても書くのは緊張してしまう。

 

    「フラワーロックの仔馬はどう?」

 

     今は祐一がミルクを与えているけど、と前置きをして今のところ何も問題無しと伝える。

     敢えて言うなら寝不足、と名雪は眼を細めて秋子は苦笑いを洩らしながら名雪の視線からサッと逸らす。

 

    「たまには変わって欲しいけど、まぁ最後までやってみるよ」
    「やれるだけやってみなさい」

 

     名雪の責任感のある言葉に喜びを現しながら、秋子は敢えて突き放すように言い切る。

     秋子の真意が分かっているのか名雪は頷くだけ。

     その後、2人は秋子が淹れたアイスコーヒーを飲みながら競馬中継を楽しんでいた。

 

 

     競馬番組が終わると、秋子は馬名申請するために取り寄せた書類を書き始める。

     さすがに、この書類は大事な物なので名雪と秋名、祐一に任せるつもりは無い。

     秋名は基本的に性格そのままに字が反映するので、味がある悪筆と言える。

     名雪と祐一は年齢からして、この様な物はとても任せられない。

 

    「一番、これが面倒ですね」

 

     はぁ、と小さく溜息を吐いてから愛用のボールペンを持って、記入欄を1つずつ埋めていく。

     そして、数分後にようやく完成した書類を封筒に仕舞い込んで、秋子はサイドボードの上に置いた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。