ここ、関東――中山競馬場周辺はどんよりとした雲が覆っており、陽光が分厚い雲に閉ざされている。
一雨に来そうな甘ったるい湿度が身体に纏わりつき、嫌な天気を醸し出している。
それでも中山競馬場では、第1レースが始まり観客からの罵声と応援が交じり合って怒声が響く。
さて、本日のメインレース――ダービー卿チャレンジトロフィーが行われる日だが、天候が悪いので観客の入りはまちまち。
秋子は中山競馬場にある馬主席で溜息を吐きながら、ジッと怨むように憎しみを持った表情で空を眺めていた。
秋子がここにいる理由はアストラルの現馬主に招待されているからであり、重賞に出走するとなれば断る理由が無かった。
「雨が降らないと良いんですが……」
「そうですね」
少し、ほっそりとした体型で40代前後の男性が秋子に同調して頷いている。
アストラルの現馬主であり、初めて購入した馬だと言う。
アストラルは2月19日に京都芝1600mで行われた斑鳩ステークスを1.1/2馬身で勝利しており、ここに出られる事になった。
現時点ではただのOP馬であり、重賞初挑戦でOP戦すら出走していないのでどこまでやれるかが疑問でもある。
その為、前日の単勝人気は14頭中10番人気と低評価であり、秋子はこれくらいだと思っているが馬主の方は違うようだ。
「これは評価低すぎですよ」
「そうでしょうか? メンバーにはホクトヘリオスにダイナレターがいるので厳しいと思いますが」
秋子は自分の考えを口に出すが、自身としては勿論勝って欲しい事を付け加えておく。
ただ、メンバーが揃っているのも事実だし厳しい事は変わりないので、秋子としては30%くらいの確率なら上等のようだ。
「ふむ、確かにホクトヘリオスが居るので厳しいかもしれませんね……評価はともかく」
ダイナレターだけはダート馬なので、対象にされなかったようだが仮にも根岸Sを勝利した重賞馬である。
その分、人気はあまり無いがここでの成績が悪かったら芝は見切りを付けてダート路線をメインにするのだろう。
そうこうしているうちに、第2レースは既に終わっており馬場入場が行われて数分もしたら第3レースが始まるだろう。
このレースにも秋子の所有馬は出走しておらず、暫らくは手持ち沙汰になるのは確実に起こりえる事。
手持ち沙汰になった秋子は馬主と会話をしながら、ダービー卿チャレンジトロフィーが始まるのを待つ事になった。
午後15時25分。
パドックの周回が終わり、本場馬入場が行われる。
因みに馬体重は前走比+6kgとややふっくらした馬体重だが、歩様は悪く無くキビキビと歩いていた。
入れ込んでいる訳でも無かったが、力強い歩き方だったので少しは期待出来そうであった。
そうしているうちに、レース前となり刻々と時間が迫ってきた。
アストラルは1枠1番だが、5レース付近から降り続けた雨の所為で内馬場は荒れている。
そして、現在も降り続けておりグチャグチャの馬場になっているので外に出さないといけない。
秋子は馬主席の前面に立ち、スタート前の様子を見守っている。
そして、スタートが切られる。
アストラルは脚質が追い込みなので、ワンテンポ遅らせてからのそっとゲートから出る。
内馬場は荒れているので、3頭分くらい外に持ち出して泥を被り過ぎない様に注意している。
先行馬とはそれほど差が離れておらず、どちらかとスローペース気味の展開。
この馬場では追い込みは厳しいと言わざる無く、先行勢がそのまま勝ってしまう恐れが高い。
グチャグチャの芝生が剥がれて、騎手と馬も一緒に真っ黒く汚れていく。
1000mまで、まったくレース展開は変わらずに進んでいく。
残り600m。
アストラルは徐々に進出して、現在は14番手から11番手。
射程圏までもう少し前にいないと厳しいが、ここは中山競馬場であり、直線の最後にはあの坂が待ち受けている。
そして、徐々に位置取りが上がっていき現在は8番手。
ホクトヘリオスも位置取りが急上昇して、一気に先頭に立ちそうな勢いで伸びていく。
外馬場から追い出しを図るが、アストラルはこれ以上切れを見せきれないのか、ズブズブとしか伸びていかない。
やはりと言うべきか先行勢は止まらず、アストラルは流れ込む様にゴールインを果たし、8着であった。
因みにホクトヘリオスも先行勢の勢いに負けて、アストラルより1つ上の7着であった。
戻る ← →
この話で出た簡潔競馬用語
注1:ホクトヘリオス……芝マイル重賞の常連であり、長い期間活躍した。
注2:ダイナレター……ダート馬であり、当時ダート戦だった札幌記念を勝利している。