3月になったとは言え、夜はまだまだ寒い事は変わらない。
それは外か外に近い場所では家の中との温暖の差が激しいと言える。
その場所とは厩舎も例外では無く時折、隙間風が舞い込んできており馬以外には寒いだろう。
そんな場所にもぞもぞと動く人影が2つ。
名雪と祐一は自室から、厩舎で眠る事になり一気に部屋の質がランクダウンしてしまった。
フラワーロックが育児放棄をしないで普通に母乳を与えていたら、この様な状態にはならなかった。
ベッドから木製の長椅子と寝るのに適していない物だが、布団が置ける場所は無いので毛布を被って寝るしかない。
椅子で寝ているのは祐一だが、寝にくいのか良く寝返りをうって椅子から転がり落ちそうになる。
そして、名雪は空いている馬房を利用して寝藁を敷き詰めて、その中に自分が埋もれている。
藁の香りと日光の匂いがほのかに鼻腔をくすぐり、名雪の表情は祐一と対照的に安らか。
ピピピ……と、タイマーが緩やかな音を立てているが、なかなか祐一は眼を覚まそうとしない。
暫くするとタイマーの音が徐々に高くなっていき、ようやく祐一は眼を擦りながら起き上がる。
が、自分が寝ている場所を忘れたのか、タイマーを止めようとして手を伸ばすと長椅子から転がり落ちてしまった。
「ああ……そっか、ふぁ……ミルクあげないとな」
もう一度、欠伸を洩らしながら祐一はミルクを作るためにポットに入れて置いたお湯を哺乳瓶に注ぐ。
眼を擦りながら、600ccまでお湯を注いでから人肌の温度までする必要がある。
数分後。
ようやく、適温になったミルクを与えながら、祐一は舟を漕ぎそうになるのを堪えながらしっかりと仕事を果たした。
与え終わると祐一はフラフラと、歩きながら名雪が眠っている馬房に向かい呑気に寝息を立てている名雪を揺すって起こす。
「ふぁ……ん、次はわたし?」
「ああ、後3時間後だけどな」
モソモソと名雪は寝藁から這いずり出てきて、パンパンと服に付いたのを払いながら祐一とバトンタッチをする。
今度は逆に祐一が寝藁に包まって、名雪はフラワーロックの仔馬が使用している馬房の前に置かれている長椅子で寝る事になった。
タイマーを3時間後――午前3時に鳴る様にしてから、名雪は毛布を被りもう一度眠りにつく。
先程、寝藁に包まっていた時と違い、毛布一枚しかないので蹴り落とさないようにするしかない。
「……蹴落とさないようにしないと」
名雪は馬房の方を向き、仔馬の挙動を見ながらゆっくりと瞼が閉じていった。
3時間後。
3時間前と同じようにタイマーが鳴り響くが、名雪は深い眠りに入っているからか、身を捩って音を止めようとする。
自分の部屋と違う事を忘れて、ベッドサイドと大体同じ場所に置かれているタイマーに手を伸ばすが、掠って掴めていない。
「あれっ……わっ!?」
コロンと、手を伸ばした瞬間に長椅子から名雪は転がり落ちて、寝ぼけ眼だった表情は眼を見開いて状況確認を行っている。
あー、と恥ずかしそうに人差し指で軽く右頬を掻いて、誰にも見られていない事をホッとして状況を思い出す。
「あー、あげないといけない時間か」
長椅子の下に置かれた哺乳瓶と粉ミルク、ポットを取り出して600cc分のミルクを造る。
名雪は発光バックライトで光っている時計を見上げると、短針は3を指して長針は2を指していた。
「……明日に響きそうだけど、何とかなるかな?」
この後は大体3時間ほどしか寝られないが、いつも6時起きなのでその点については何も問題は無い。
ただ、いつもより睡眠時間が削られているのは確かであり、その事を考えると名雪の口から咄嗟に出たのも当たり前。
「まぁ……なるようになれば良いか」
せっかくの体験――責任のある仕事なので、頑張ってやれば後に経験として積み重ねられるのである。
ふと、哺乳瓶を見ると空っぽになっており、仔馬はそれでもしゃぶり付いていた。
「はいはい、お仕舞いだよ」
無理矢理、取り上げてから名雪はおやすみと呟きながら仔馬の鼻筋を撫でてから、眠りについた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。