少しずつだが、春の息吹がKanonファームに近づいてくる。

     雪解けの季節はまだ時間は掛かるが、それでも少しずつ少しずつ草木が芽を出し始めた。

     さて、春が近づいてきた事でフラワーロックの出産が間際となり、慌ただしい日々がやって来たと言える。

     1週間前から秋子と秋名は厩舎で寝泊りを繰り返して、すっかりと目の下に隈が出来ていた。

 

 

     そして、14日目の深夜。

     厩舎の壁に取り付けられている時計は3:15を差しており、秒針が頼りなさげに音を鳴らしていた。

     宿舎室で秋子と秋名はコーヒーを飲みつつ、30分おきに馬房を覗きに行くくらい。

     馬房の中でウロウロと同じ所を往復しており、出産間際になると産む場所に座りこむ。

     それがなるまで、待っているだけしか出来ないので寝不足になるのも当たり前。

     秋子は欠伸を洩らしながら、淹れたての目覚まし用コーヒーを口に付ける。

     軽く瞬きをしつつ、秋名も同じようにホットミルクを少しだけ入れたカフェを口に付けている。

 

    「……長いな」

 

     1週間前後のズレは日常茶飯事で良くあるので、大した事は無いが2週間も待たされるのは流石に堪忍袋の緒が切れる間際だろう。

     秋子は窘め様とするが、自分自身も流石にストレスが溜まっているので静かに怒りを燃やしている。

     まぁ、どちらにしても産まれなければ意味が無いのだが。

 

    「そろそろ……観てきますね」

 

     もう一度、欠伸を噛み殺しながら秋子はフラフラと立ち上がって馬房に向かう。

     ひょっこりと、馬房の扉越しからフラワーロックを覗くと、既に羊膜が破れ、羊水が漏れ出している。

 

    「姉さんっ。もう産まれる間際です」

 

     秋子は咄嗟に声を荒げて、秋名を呼び出して経過を見守っているしかない。

     コツコツと靴底を打ち鳴らしながら、秋名は秋子の頭の上に自分の頭を乗せて経過を見守る。

     ズルズルと、鹿毛を身に包んだ仔馬がフラワーロックの体内から押し出されて産まれる。

     フラワーロックは仔馬に纏わり付いた羊膜を舐めて取り除いている。

 

    「取り合えず、今の所は……問題は無いですね」

 

     ここまでの過程は何も問題が無く、後は仔馬が立ち上がって初乳を飲むだけ。

     1時間後。

     ちょっと、不安定ながらも仔馬はキチンと立ち上がりフラワーロックに近づいていく。

     フラワーロックは初乳を与えるどころか、逃げ回ってしまう。

     嫌な予感がしたのか、秋子は鉄製の扉を開けてフラワーロックの馬体を無理矢理押さえつけて初乳を与えさせようとする。

     が、威嚇するように後脚を思いっきり蹴り上げているが仔馬は秋名が当たらないように保護している。

     幾ら馬体を抑えても450kg近くあり、どれだけ秋子が落ち着かせようとしても馬からしたら非力。

 

    「落ち……着いて、あぅ!!」

 

     激しく尻っぱねをしたため、秋子は寝藁の上に尻餅を着くが手放してしまい壁に背中をぶつけてしまう。

 

    「秋子、大丈夫か?!」
    「ちょっと痛いけど、大丈夫です」

 

     顔を少しだけ顰めてぶつけた箇所を擦っているが、それほど痛みは激しくないのか秋子は直ぐに立ち上がる。

 

    「この様子だと初乳だけでも厳しいですね」

 

     尻っぱねは無くなったが、威嚇しているのか鼻息が荒い。

     もっとも最悪の事態が起こったので、初乳さえ与えられれば後は人の手で育てるしかない。

     ミルクは3時間おきに与えたりするので、苦労は多く人手が足りないKanonファームでは厳しいだろう。

 

    「初乳は与えた方が良いんだったな?」

 

     無理矢理押さえつけて与える以外は、手段が無さそうなので秋名は嘆息を吐く。

     一先ず、秋名は仔馬をフラワーロックに近づけさせてから頭絡をギュッと握り、頭の動きを制限させる。

     そして、秋子が間髪を入れずに馬体を抑えつつ、仔馬に初乳を飲ますために近づけさせる。

     ようやく、仔馬が一口ありつけたところで、フラワーロックは再び暴れだし秋子はとっさに仔馬を引き離す。

 

    「……ふぅ、これで安心です」
    「はぁ……一気に疲れたぞ」

 

     秋子は仔馬をフラワーロックに蹴られない様にする為に別馬房に連れて行き、開いている馬房に入れる。

     その顔には疲労感が表情に映し出されていた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。