ジェットボーイの引退が確定すると、Kanonファームが功労馬として受け入れる事が決まった。
秋子が初めて自分で購入した――正確に言うと競り落として貰ったのは倉田 隆道氏であるが。
それでも秋子にとっては自分の相馬眼で見つけた馬だし、愛着があるのは当然だろう。
重賞勝ちこそは無かったが、函館スプリントSで2着になるほどの実力は持っていた事になる。
重賞の代わりにOP戦を1つ勝っただけでも上出来と言えるのは確かであり、ジェットボーイの活躍でそれなりに資金が潤った。
それでも重賞が勝てなかったのは、ただ運が足りなかっただけだと秋子は実感している。
運と実力が良く無いと、重賞は絶対に勝てない物だと言っても良い程。
それを学んだだけでも秋子は幸運だったと言えるかもしれない。
多くの中小馬主は重賞挑戦すらあまり無く、未勝利で終わる馬を抱えているのだから。
閑話休題。
ただ、直ぐこちら側に来られるわけではなく、治療がある程度進んでから来る事になっている。
馬運車に乗せて来るので、屈腱炎を発症した左前脚ではカーブとかで踏ん張りきれない事が懸念されるからだ。
厩舎は1つの馬房が空いているし、受け入れ体制は既に整っているので後はこちらに戻ってくるのを待つのみ。
「やれやれ……本当に残念だ」
箒をサッサと左右に動かし通路に落ちている寝藁を掃きながら、秋名は溜息を深く吐いていた。
実に残念そうだが、引退が決まったのは覆せない事実なのであっさりと秋名は受けて入れている。
「そう何度も言わないでくださいよ。決定した事なんですから」
秋子が窘めるように口を開くと、分かっていると言いたげに秋子の方に振り向いた。
何か言いたそうな表情だが、秋名は口を開かずに厩舎掃除の方を専念し始めた。
秋子は秋名の様子を微笑ましい表情で眺めつつ、自分自身も厩舎掃除を専念する。
ジェットボーイが引退する事が確定した事でKanonファームにはエース不在と言う憂い目になってしまった。
現在の戦力はアストラルを除くとサイクロンウェーブ、エレメントアローそれにエアフリーダムの3頭である。
エレメントアロー、エアフリーダムは3歳馬で未勝利と未出走なのでエースと言う事はありえない。
なので、暫定的にサイクロンウェーブがエースになる事が確定するが、ちょっとばかり戦力に不安が残る。
中山芝1600mに出走するのだが、距離はちょっと短く感じているのだが試してみないと分からない。
父アーティアスは中距離から長距離の成績を残しており、産駒にもそれくらいの距離が合うと思われている。
「案外、マイルの方が合うかもしれませんね」
中距離戦が得意だった種牡馬がマイルや短距離で走る産駒を輩出する事は時々あるので珍しくない。
さて、人気の方は12頭中8番人気。
父がマイナー系でどちらかと言うと中距離タイプであり、更に欧州血統なので晩成かもと囁かれている。
デビューが2月までずれ込んだのは馬体を成長させるためであり、キチンと理由がある。
ゲートイン前に時間が迫り、奇数番号の馬から順次にゲートに入っていく。
エアフリーダムは4枠4番――偶数なので、後にゲート入り。
最後に12番の馬がゲート入りをして、スタートが切られた。
エアフリーダムは少し立ち遅れて、後方から4番手辺りからのスタートとなってしまう。
中山の小回り馬場ではもう少し、前の方で走るのが鉄則と言われる。
滅多に追い込みは炸裂せず、中山名物の坂――高低差約3mを駆け抜くのが厳しい。
1000m通過タイムは59.01と速いペース。
隊列はやや縦長になっており、馬群がバラけているが内側は開きそうも無い状態。
徐々に外に進出させて、馬群を捌いて先頭集団に取り付く方が良い。
どちらかと言うと、エアフリーダムは小脚を使うタイプではなく、大きなスライドで走るタイプ。
ジョッキーはスッと、外に出していつでも差し切れるように前に進出して行く。
最終コーナー。
エアフリーダムは現在6番手で、先頭との差は4馬身程度。
初出走の3歳馬には厳しいペースだったのか、徐々に先頭の馬が下がり始めて行く。
エアフリーダムのジョッキーはここで、手綱を使用してグイグイと押し出す様に扱いていく。
5番手、4番手と位置が入れ替わっていき、現在3番手。
そこで中山名物の坂がゴールを拒むように立ち塞がっている。
道中エアフリーダムの前に居た差し馬が、先頭に立ちそのままゴールイン。
エアフリーダムは良く追い上げたが3番手のままだった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。