ジェットボーイが淀短距離Sを制したので、月曜日に発売された競馬雑誌にはカラーページに写真が掲載されていた。
“2段ロケット噴射で勝利”と馬名と合わせた文章がゴシック体でデカデカと書かれていた。
――これで、京都は3戦2勝3着1回とダートを含めて京都巧者と言える位の成績だろう。
もしも、京都の重賞に出走する事があれば注意しておきたい軸馬になりえる。
秋子はこの競馬雑誌を穴が開くほど眺めており、OP勝ち自体が初めてなので実に嬉しそうな表情。
騎手のコメント欄の方に移してみると、この様に書かれていた。
――雪が降ったから、ちょっと一杯一杯だったけど途中で息を入れられたのが幸いだったね。馬場がもっと荒れていたら厳しかったかも。
と、厳しいレースだったという事が良く伝わってくるが、放牧には出さず厩舎で過ごしてもらうのは確定している。
2、3日調教を休んでから再開するらしく、それ程疲労は溜まっていないと久瀬調教師から連絡を受けていた。
「とにかく、今年の1勝でダルマの片目が開けますね」
部屋の隅にポツンと置かれている赤くて小さいダルマを秋子が運び、真っ白で墨で塗られていない両目が遂に片一方だけ開く。
去年も小さなダルマは置かれていたのだが、重賞制覇どころかOP戦も勝っていなかったので片目で終わっていた。
今年は早々とあれ程、手が届かなかったOP戦に勝ち、重賞制覇で両目を開かせる事が1歩近づいた事になる。
その為に用意しておいた墨汁を真新しい筆に付けてから、クリンとダルマの眼を丁寧に片目だけだが塗り潰す。
「早く重賞制覇してみたいですね」
コトリ、とダルマを戸棚の奥に置き戻しつつ、秋子は背中を向けながら呟いた。
秋名も同調して軽く頷いているが、なかなか重賞を勝てない現実が圧し掛かってくる。
「1個勝てればポンポンと勝てそうな気もするがな」
秋名はソファーに座ったまま、咥えていた煙草を人差し指と中指の間に挟んでから口を開いていた。
目標は厳しいが、ひとまずジェットボーイがもう一度重賞挑戦を出来る事になるのは確実。
OP戦の勝利で本賞金も増えたので、除外される可能性も減ったのが一番のありがたみだろう。
本賞金が一定以上を越えていないと出走できないのだから。
秋子が所有している馬の頭数は現役馬のみで、アストラルを除いて4頭。
それに2歳馬が今年デビューするので、合計6頭の馬を所持しているので支出がドンドンと膨れ上がっていく。
1頭デビューするのに1千万以上掛かっているので、勝ち上がってもらわないとマイナス収入になってしまう。
基本的に大手牧場と大馬主以外はマイナス収入でロマンを追いかける為に投資している人物の方が多い。
競馬は儲かるものではなく、むしろ儲けられないと言った方が良いかもしれない。
馬の購入費、育成牧場と厩舎への委託費と年々高額化しており、いつか馬主の数が現在より減る事があると思われている。
「去年の収入は……ちょっとマイナスですね」
安心交じりの溜息をホッと吐きながら、秋子は収入帳を軽く眺めから閉じる。
去年の主な勝ち鞍はジェットボーイの心斎橋Sくらいだが、函館スプリントSで2着になったお陰で補填出来たとも言える。
プラス収入にするにはもう少し勝利数が増えていたら、と言えるくらいのようだ。
「土曜日の勝ちでマイナスは消失したか?」
秋名が質問をしてきたので、もう一度秋子は収入帳を開いてからチェックする。
ちょっとプラスですね、と意気消沈になりつつもキチンと返答をする秋子。
累積だと大幅なマイナスなのは確かだが、徐々に成績は上がってきているし活躍馬が出ればプラスには近づける。
まぁ、活躍馬が出る可能性は低いのだが。
「来月中に大幅のプラスになると良いんですが……」
「ジェットボーイに期待だな」
来月の出走予定馬はサイクロンウェーブ、エアフリーダムとジェットボーイがシルクロードSに。
エレメンタルアローはまだ様子を見てからの出走となっており、足元がパンとしないと数多くは使いこなせない。
レース観戦の楽しみが増えたのは確かだが、勝って欲しい比率も勿論上昇している。
「まぁ……連対率が上がれば良いな」
そうですね、と秋子は同意してから秋名と一緒に放牧地へと向かっていった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。