季節は7月。

     北海道の夏は内地より涼しいので、祐一は東京で暮らしていた時の夏より涼しいので元気よく走り回っている。

     そして、少しずつだが馬糞拾いにも手馴れてきたようだったので、秋名は安堵している。

     競馬の方はローカルレースが目白押しになっており、函館、小倉、福島で近いうちに重賞がそれぞれ行われる。

     7月5日には川崎でダート重賞があるが格上挑戦しないと出走出来ないだろうし、抽選漏れの可能性が高い。

     けれど、重賞に出走が出来ないからといっても秋子は腐る訳にはいかなかった。

     養う人物が秋名と祐一という姉と甥の二人が増えたのだから。

     秋子はオーナーブリーダーだが、馬を買いたい人がいたら売るので収入面は一応あることになる。

     トウショウボーイ産駒の牡馬が生まれれば、種付け料と繁殖牝馬の育成費を合わせても確実に1千万以上はプラス。

     母系の血統も悪くはない筈なので、そういう打算があるのだが、無事に生まれたらの話。

     逆子で生まれる子馬を殺す事もあれば、突然の病気と故障によって安楽死などもある。

     その事を考えると、秋子は気が滅入った表情を毎回してしまう。

 

    「……強い馬を創るのは何度考えても、大変ね」
    「ふぁいとだよ」

 

     名雪はコップに並々と注がれている麦茶をテーブルに置いて、ポーズをする。

     グッ、と顔の前に握り拳を作りながら満面の微笑を浮かべている名雪。

     秋子もまったく同じように名雪の真似をして、笑顔を名雪に向けた。

     そして、何も言わずに秋子は昼食のためキッチンに移動をする。

     名雪もこの時間に昼食が当たり前だと思っている。

     そんな正午過ぎの昼食と会話が新たな日常。

 

 

     祐一は既にこの町に慣れてきており、Kanonファーム付近にある様々な牧場を見歩いていた。

     と、いっても5歳児の足ではあまり遠くの牧場までは行けないのだが。

     そして今日も他所の牧場で走っている馬を道路付近の柵から眺める。

     この辺の牧場は道路際に作られている事が多いが、道路が先か牧場が先かは祐一には関係ない事。

     一度、勝手に敷地に跨いたので秋名にひどく怒られた事を祐一は、思い出して身を震わせる。

     暫く、柵にぶら下がるようにして馬を眺めていると一台の車が停止した。

     祐一は一度だけ車の方に振り向くが興味が無いので、もう一度走っている馬に視線を合わせる。

     カチャ、とドアが開いて、一人の人物が車から舞い降りた。

     その人物は少女であり、ふわりと白色のワンピースをなびかせて、亜麻色の髪が風によって乱れないように抑えていた。

     緑色のリボンをしており、風によってひらひらとリボンが小さく揺れている。

     ぼぅ、と祐一はその少女に惚けてジッと見つめてしまう。

     少女は祐一の視線に気付いたのか、ニコリと微笑んでから会釈する。

     祐一と同じ年齢か一つ上くらいの年齢だが、祐一と同じ年代とは思えない。

     雰囲気からして高貴の佇まいであり何もかも、祐一の傍にいる女性達とは違う人物である。

     しばらく、少女は祐一と一緒に並んで、名もない馬を見ていたが車から呼ばれて戻っていった。

     すると、少女は祐一に小さく会釈をしてから車に乗り込んでしまい、車は ゆっくりと動き出した。

     会話は一回も出来なかったが、祐一は頬を赤く染めたまま車を見つめているだけ。

     近くに馬が来たが祐一は気付く事が無かった。

 

 

     トボトボ、と肩を落として帰宅すると、玄関では秋名が仁王立ちして祐一を待ち構えていた。

 

    「……祐一、どこに行ってた?」
    「近くの牧場」

 

     簡潔に述べるが、秋名には納得行かない答えだったようだ。

     家に入ろうとする祐一の腕を掴んで、顔を向かせる。

     だが、祐一の顔が赤かったので、秋名は手をパッと離してしまう。

     祐一は手を離された瞬間、逃げだすように素早くリビングに移動する。

     リビングには秋子が居なかったので、キッチンに急いで向かう。

     キッチンで皿を洗っていた秋子の足元に隠れて、ギュッとしがみ付く。

 

    「あら、祐一君帰りなさい」
    「ただいま」

 

     ドスドスと足音を立てて、秋名は真っ先にキッチンに向かっており、祐一が隠れる場所は分かっていた。

 

    「姉さん、あまり怒らない方が」

 

     秋子は頬に手を当てて、秋名を諭すが秋名は頑として首を縦に振らなかった。

 

    「こういう事は早めに直さないと駄目だ」

 

     はぁ、と小さく溜息を吐いて秋子は納得するしかなかった。

     秋名の言い分の方が正論なのだから。

     祐一は味方が居なくなった事を気付いた時には少し遅く、大きな拳骨を秋名からプレゼントされてしまった。

     祐一が怒られた理由は昼食を食べずに、夕方まで遊び歩いていた事が原因である。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。