秋子の下に一枚の封筒が届いていた。
葬式があったでのいつ届いたのか有耶無耶になっていたので、存在が忘れられていたのである。
その茶色い封筒は薄く、紙が2〜3枚ほどしか入っていないと思われる薄さであった。
封筒には全国地方競馬協会と書かれていたので、秋子はドキドキしながらゆっくりと封を切る。
紙に書かれた内容は秋子の馬主資格が審査を通った事を記されていた。
あとは馬主のみが付けられる、蹄鉄の形をした金色のバッジが入っていた。
秋子は父が大事そうにこのバッジを身に着けていたのを覚えているので、自分が着けられる時が来ると思わなかった。
ふぅ、と安堵の溜息を吐いて秋子はワープロで書かれている味気ない文字をジックリと読む。
堅い文章で書かれているので、秋名だったら読みたがらない代物であったが秋子はすらすらと目を通していく。
何度見ても、馬主の資格は取れているのでもう一度安堵の溜息を吐く。
秋名がいつの間に、リビングに来ておりプリントされた紙を掻っ攫うように取って、一枚ずつ目を通していく。
ポン、と小さい力で秋子の右肩を叩いて、おめでとうと呟く。
これで秋子は一国の主としてオーナーブリーダーになれたのだが、今はこの城はとても小さく、儚い。
現在所持している馬は、競走馬5頭、繁殖牝馬2頭である。
繁殖牝馬には既に種付けは終わっているので、受胎確認をするだけであった。
因みにノーザンテースト牝馬にはお助けボーイ――トウショウボーイを付ている。
前年の三冠馬ミスターシービーを輩出しているが、内国産馬は人気がいまいいちないので種付け料は300万で済んでいた。
それでもトウショウボーイの牡馬は母馬が駄馬でも3000万程で売れるので、日高の救世主と言われている。
タケシバオー牝馬にはスティールハートを付けており、素軽さを期待していた。
今週の安田記念で一番人気が確実だと言われている二ホンピロウイナーの様になれる事を願って。
そして、現役馬はOP馬を所持しておらず、B2クラスの馬が3頭とC1クラスが2頭と下級馬ばかり。
秋子は明日には競走馬全頭を厩舎に戻そうと考えている。
関東地区が2頭、関西地区が2頭、残り1頭が東北地区と偏っておらずバランスが良かった。
因みに入厩先は船橋、川崎、姫路、園田、水沢と大井に比べると一枚レベルが落ちると言われている場所。
だからといって、この地区の厩舎が手を拱いて何もしていない訳でない。
中央と地方の交流競馬が既に行われているので、厩舎関係者は中央の馬を破ろうと考えているだろう。
つまり、こうした事が調教技術などを向上させていると言える。
「転厩はさせないのか?」
「まぁ、あまり成績が上がらないなら最終手段とします」
必要ないと良いですけどね、と付け加えるように呟く秋子。
ローテーションに関してはOPクラスならともかく、BとCクラスでは任せた方が良いと判断している。
と、言っても下級クラスでも多数レースに使うようなら、放牧させるように言ってあるが。
「所で海外馬の購入予定はあるのか?」
「候補としてはバレッツセールとタタソールズセールの2つがありますね」
バレッツはアメリカで行われているセールであり、タタソールズはイギリスで行われており、両方とも歴史のある大手セール。
他にも多数のセールが世界各地で行われているが、この二つがもっとも有名であるし、馬の質が良いので秋子が選んだ理由。
ただ、今年は既に2歳馬調教セールは終了しているので残っているのは当歳馬セールか1歳馬セールしか残っていない。
当歳馬か1歳馬セールで馬を買ったとしても、この小さな牧場でまともに調教出来ると思えない。
それともう一つ。
育成費も今より大幅に増えるのが目に見えているのが問題だった。
なので、今年はパスする事を決めていた。
「来年の4月までに稼がないといけませんね」
そうだな、と相槌をした秋名は秋子の対面に座って、血統本を開いて読み耽る。
しばらく、談話をしていたが厩舎の清掃のために二人は向かっていった。
いつ客が来るか分からないのに、汚かったら人が来なくなり馬が売れなくなる。
だから、毎日掃除するのは秋子の日課であった。
いつもは名雪と一緒にやって1時間ほど掛かるのだが、秋名がいるのでそんなに手間は掛からず済んだ。
「姉さんがいると早いですね」
秋子は寝藁を補助しながら、モップで床掃除している秋名を見ながら呟く。
「いや、これでもスランプだから名雪ちゃんの方が上手いだろ?」
現在、名雪は放牧地に落ちてるボロを祐一と拾っているが、祐一は馬糞が嫌なのか逃げ回っている。
その声を聞いて秋名は深く溜息を吐いていた。
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この話で出た簡潔競馬用語
注1:トウショウボーイ……天馬として知られている名馬であり、テンポイント、グリーングラスのライバルでありTTGと呼ばれていた。
注2:スティールハート……サーゲイロード系の種牡馬であり日本に輸入された。
注3:二ホンピロウイナー……初代短距離王として活躍した馬であり、産駒もヤマニンゼファーを輩出している。
注4:B、Cクラス……一番下がC2クラスであり、一番上がA1クラスである。