翌日、楠木牧場からKanonファームに変更した秋子だったが、さっそく業務の問題が出てきた。

     特に資金のやり繰りが厳しいのだ。

     中小牧場とはいえ、地方馬主の資格を持っていた父の馬は5頭も走っており、いずれもそこそこ走っていた。

     勝ちはなかなか無くても、入着によって雀の涙程度だが稼ぎにはなっていた。

     だが、父の名義で走っていたので馬主名義を変更しなくてはならない。

     許可が下りるまで、牧場に放牧に出すことにしたのだが、それまでに稼ぎがあまり出ないのだ。

     祐馬がレースに勝たなくとも8着までに入れば5%の進上金が貰え、さらに騎乗手当と騎手奨励手当が貰える。

     当面はこの進上金が牧場と家族を養う物となるだろう。

     秋子としては早めに許可を得て、レースという名の戦場に馬を戻したかった思いもある。

     けれど、焦っても無駄なのでゆっくりと構えるしか無かった。

     この事を名雪に悟られないようにしながら経営するのは、困難である事を秋子は今さらだが実感をした。

 

    「いつかG�鞠呂鮟个垢泙如�頑張りますか」

 

     秋子は収入帳の隅に小さく、目標としてG�鞠呂鮴源困垢觧�と記しておく。

 

 

     秋子は収入帳を棚に戻して、厩舎で馬の世話をやっている名雪の元に向かう。

     少しだけ残っている雪を踏みしめながら、秋子はコートの襟で口元を覆い厩舎に辿り着く。

     やや、暖かくなっているとは言え北海道ではまだ、この季節ではコートは必要であった。

     ガラガラと、重厚な木製の戸は小さな音をたてて開くと、名雪はひょっこりと馬と同調して馬房から顔を出している。

 

    「名雪、戻って良いわよ」
    「うん、お母さんも頑張ってね」

 

     一言だけを返事をすると、名雪は壁に掛けてあるコートを背伸びしながら取って家に向かって行った。

     さて、と呟いて寝藁を取り替える為に乾燥させてある藁を運ぶ。

     これをやると身体からは汗が噴き出し、身体が熱くなってくるので冬では後で汗を拭かないと風邪をひいてしまう。

     一つの馬房に大体15分程で終わらせて、繁殖牝馬を含めて7頭分の馬房を綺麗にする。

 

    「次は飼い葉ですね」

 

     秋子は人と同じ様に、馬が食事に飽きないように工夫をしている。

     同じ物が連続して出されたら、馬だって飽きるだろうと考えているがこれは秋子の考えであり、他の牧場ではやっているか分からない。

     千切りした人参とえん麦をかき混ぜて、その上に4つに切ったりんごを入れて完成。

     りんごが嫌いな馬もいるので、代わりにトウモロコシを大量に入れる。

     馬は前掻きをして飼い葉の催促をしており秋子は、はいはい、と言いながら作っている。

     全てが終わると15時を過ぎており、秋子は急いで家に戻る。

     クラシック前のトライアル――中山芝2000mで行われる弥生賞の観戦だからだ。

     一番人気はビゼンニシキ、2番人気にはシンボリルドルフとこの2頭による争いだと考えている者が大半。

     その理由は両頭の主戦ジョッキーがあっさりと、シンボリルドルフを選んだ事があるからだ。

     秋子の予想では4:6でルドルフが勝つと思っているが、名雪に予想を聞いてみると、ルドルフーと無邪気な答えが返ってきた。

 

    「理由は?」
    「名前がカッコいいからー」

 

     その答えを聞くと、秋子は微笑みながら名雪の頭をやさしく撫でた。

     子供からしたら、実力とかより名前で決めるのが普通だと思うので、名雪は何故撫でられているか分かっていないだろう。

     そうしているうちにレースが始まる前のファンファレーの曲が流れる。

 

 

     そしてレースはシンボリルドルフの勝利で終わった。

     着差は1.1/2馬身とあまり差が無い様に見えるが、ビゼンニシキは鞭を入れていたが、ルドルフは見せ鞭だけでちょっとだけ突き放していた。

     ビゼンニシキはこのあとは皐月賞に直接向かうのではなく、スプリングSを使うと発表される。

 

    「使うレースが多いわね」

 

     秋子は記憶を辿らせて、2月に共同通信杯3歳Sを使っている事を思い出して苦言を洩らす。

     自分の馬ではないので、文句は言えないがクラシック前に多数のレースを使うのは賛同しかねるのだろう。

     それに対してシンボリルドルフはこれが4戦目であり次は直接、皐月賞を目指すようだ。

     相対的なローテーションもそうだが、毛色もルドルフは鹿毛で小さな星があり、ビゼンニシキの方は栗毛で大流星が目立つ馬だった。

 

    「いつか、シンボリルドルフみたいな馬を作りたいわね」
    「うん、がんばろー。所で新しくなった牧場名はなんて読むの?」

 

     説明してなかった事を苦笑いして、秋子は説明する。

 

    「カノンと読むのよ。意味は追走曲って言っても分からないわね」

 

     名雪は首を傾げているが、5歳児には簡単に説明にしようが無かったので秋子はある曲の事を思い出してそれで説明する。

 

    「かえるの大合唱で最初の人が歌った後に続けて歌うでしょ? それの事を追走曲と言うのよ」
    「……うん、分かったよー」

 

     秋子はもう一度何も言わずに名雪の頭を撫でており、名雪は嬉しそうに笑っている。

 

    「カノンにした意味はね、強い馬を何回も繰り返して生産したいからよ」
    「わたしもお手伝いするよ」

 

     ありがと、と秋子は呟いてからその決意を胸に仕舞い込んで微笑んだ。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注�機Д咼璽鵐縫轡�……シンボリルドルフのライバルとして活躍していた。春のクラシック後は短距離戦に移行した
     注2:シンボリルドルフ……無敗で3冠達成した馬。負けたのは3戦のみであり、体調不良、休み明け、レース中の故障などが重なっていた。産駒もトウカイテイオーを出している。