1984年、この年から日本競馬協会は新たなレースの増設を決定した。

     ダートG�機宗愁侫Д屮薀蝓治咫▲献礇僖鵐�ップダートの増設、地方競馬との交流戦を開始などの計画が発表された。

     牝馬三冠目のレース――秋華賞が10月に行なわれて、11月には古馬と3歳馬の牝馬G�汽譟璽后▲┘螢競戰構�王杯の開催も決定。

     牝馬レースも増設されて、今までの牝馬は古馬になったら牡馬に挑戦するしか以外なく、これは好評であった。

     来年からの開催だが、NHK杯が2000mから1600mに短縮されて輸入した外国産馬が出走可能のG�気吠儿垢気譴拭�

     そして、これも来年からの施行だが牡牝クラシックレースには各2頭ずつの外国産馬の出走が可能になり、反発が大きかった。

     競馬協会はこうしたレースは内国産馬のレベルが上がるのに有効だと言う考えを示したが、反発はやはり変わらなかった。

     今まで3200mで行なわれていた天皇賞・秋が2000mに短縮となり、長距離レースは衰退していく。

     代わりに短距離レースや中距離レースが増設され、スピード競馬の発展が望まれて行った。

     これが決められたのは、世界に追い付く為に打ちたてた計画であった。

     第1回ジャパンカップは招待された海外の馬はG�犠,舛稜呂覆匹肋�なく、G�競譽戰襪噺世辰討睥匹で呂�多かった。

     しかし、日本馬は健闘したのは4着までで勝ち馬に至っては5番人気のうえレコード勝ちを収めてしまった。

     勝ち馬はアメリカ馬だったが、牝馬に負けた事は屈辱的だったのだろう。

     こうした事があって、日本競馬はどんどんと変わって行く方が望ましいと捉えたようだ。

     これによって、調教面、育成面、生産面も見直しが行なわれつつあった。

     そして、日本在来の血統面の重視のみではなく海外からの取り組みも行なわれる。

     過去にはマルゼンスキーと呼ばれる、持ち込み馬の活躍がスーパーカーと言われるほどの早さを見せていた。

     サラブレットの輸入はこの時代――1984年から規則は緩くなっていく。

     だが、こうした改革は大規模の牧場なら、ともかく中小規模の牧場には負担が大きかった。

 

 

     場所は変わって、北海道日高地区。

     この地区には多数の牧場が経営されており、馬産地区としては発展を遂げていた。

     だが、この競馬会が打ち出した改革によって頭を抱えている牧場の方が多い。

     繁殖牝馬はどちらかと言うと、ステイヤーよりの血統が多くて急激にスピード馬の血統を入れ換えても成績に結びつくとは限らない。

     何より、馬を入れ換えるだけのお金がある牧場は日高地区でもほんの一握り。

     そして、ある牧場も経済状況は乏しく入れ換える事は出来なかった。

     現在は2頭の繁殖牝馬がいるが丁度、スピード寄りの血統とステイヤー血統だった。

     1頭は父にタケシバオー、母父はシンザンという血統であり、子馬は丈夫な無事是名馬が多い。

     もう1頭は近年のリーディングサイアーのノーザンテーストを父に持ち、母父はアローエクスプレスである。

     後者はスピードの配合が上手くいけば、牧場の屋台骨になる血統であった。

     だが、現在の経営者は既に老いており、後継ぎをやらせるか迷っていた。

     後継ぎは二人の娘であり、嫁いでいるので二人の苗字は相沢、水瀬となっている。

     長女の相沢 秋名はこういう事が苦手なので早々と東京に一人暮しをしてしまっていた。

     次女の水瀬 秋子は時々、牧場を手伝っており結婚相手はジョッキーの水瀬 祐馬であった。

     秋名と秋子にはもう5歳の子供がおり、それぞれの子供は祐一、名雪と名付けられている。

     祐一の名前は祐馬から取った、と秋名が言っており旦那は苦笑いを洩らしていた。

     祐馬は気さくな性格なのでジョッキーとしては一流とは呼べないが、人を惹き付ける魅力があり、秋子が選んだのも納得がいった。

     祐馬が騎手を引退した後でも、調教師や馬主の繋がりがあるので、その事を踏まえていた。

     なので、後継ぎを選んだのは秋子の方であったが秋名は何も文句を言わずにあっさりと了承していた。

     そして彼は、1ヶ月後に亡くなった。

     牧場を次女の秋子に託して。

 

 

     シトシト、と雨が降る中で葬式はしめやかに行なわれていた。

     二頭の牝馬もお世話してもらっていた人物が亡くなったのが分かるのか、嘶いている。

 

    「秋子、本当に引き継ぐ気?」

 

     芯が強そうな女性が、傘を差さずに放牧地を駆けまわる二頭の繁殖牝馬を眺めている女性――水瀬 秋子に声を掛ける。

 

    「ええ、父さんが遺した物ですから」

 

     1頭の牝馬は秋子の元に駆け寄って来て秋子は微笑みながら、馬の流星から鼻にかけて撫でる。

 

    「はぁ、止めても無駄なのは分かっていたけど」
    「わたしの事は分かっていますよね。姉さん?」

 

     姉さんと呼ばれた女性――相沢 秋名は乱雑に切られたショートヘアの後ろ髪を弄りながら頷いていた。

     暫らく、沈黙が続いていると子供が二人駆け寄ってきて、それぞれ馬に触ろうとしている。

     柵に昇られると危険なので、秋名と秋子はそれぞれ自分の子供を抱き上げて馬に触らせる。

 

    「名雪ちゃんの事は良いのか?」
    「……わたしのエゴですけど、名雪を巻き込んでまでやりたいと思っています」

 

     それだけを言うと秋子は名雪を下ろして、二頭の牝馬を厩舎に戻しに行った。

     その場に残ったのは秋名だけであり、祐一と名雪は秋子の後をトコトコと付いて行った。

     秋名は草が濡れた匂いを吸い込みながら、灰色の空を眺める。

 

 

     次の日、秋子は牧場名を自分の旧名だった楠木牧場からKanonファームに変更を届け出た。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:フェブラリーS……2月の4週目に行われるG�気任△蝓�東京ダート1600mの距離
     注2:ジャパンカップダート……11月の4週目に行われるG�気任△蝓�東京ダート2100mの距離
     注3:秋華賞……10月の3週目に行われるG�気任△蝓�京都芝2000mの距離
     注4:エリザベス女王杯……10月の3週目に行われるG�気任△蝓�京都芝2000mの距離
     注5:ジャパンカップ……11月の4週目に行われるG�気任△蝓�東京芝2400mの距離
     注6:マルゼンスキー……G�犠,舛楼譴弔世�、スピードは他馬とは違ったのでレースでは回避馬が多数出ている。産駒は父としても母父としても優秀だった。
     注7:タケシバオー……元祖怪物と呼ばれた馬。天皇賞春を 勝ち、スプリンターズS、ダートレースも勝ちレコードは多数出している。
     注8:シンザン……日本2頭目の3冠馬であり連対率100%の成績を誇る。産駒には2冠馬ミホシンザンを出している。
     注9:アローエクスプレス……タニノムーティエのライバルとして活躍していた馬であり、AT対決と呼ばれていた。G�気錬穏仍�の一つだったが種牡馬成績は勝っている。
     注10:ノーザンテースト……日本が誇るノーザンダンサー系の種牡馬だった。様々なジャンルで活躍する馬を出しており82〜92年日本リーディングサイヤーだった。