外は既に暗くなっており、夜空には星は出ていないが月が雲に隠れながら姿を現わしていた。
     祐一は、ぶらぶらと歩きながら月を眺めて溜息を吐いた。

 

    「……明日帰るのに何やってんだか」

 

     独り言を洩らして、声を押さえながら失笑をする。
     さっきまで歩いて来た方向を眺め、もう一度軽く溜息を吐いてしまう。
     信号の青が点滅しているので祐一は立ち止まり、青から赤になる瞬間を眺める。

 

    「やっぱり、気持ちは変わらないか」

 

     言うだけ言った分気分はマシか、と祐一は思いながら信号が青に変わったのを確認して歩き出す。
     祐一はふと目の前にある一年中電気が付いてある自動販売機に足を止めてお金を入れる。
     全てのボタンが点灯すると祐一は迷いながら、1つの品物を選ぶ。

 

    「……高いな」

 

     祐一はジーパンのポケットを弄り、母―――秋名から投げ渡されたジッポーを取り出す。
     適当に選んだタバコの封を切り、秋名が吸う様子を想像しながら一本咥えてみる。
     風によってジッポーの火が消えない様に、手で回りを覆いながらタバコの先端に火を付ける。
     ゴホゴホと咳き込みながら、顔を顰めつつ手に持っている煙草を眺めて文句を言う。

 

    「全く、母さんは良く毎日あれだけの数を吸えるな」

 

     祐一は辺りを見て、灰皿がない事を確認すると手に持っている煙草を指で弾いて投げ捨てる。
     転がり落ちた煙草を足でギュギュと押して揉み消す。
     もう吸わないと、祐一は思いながら買ったばかりの煙草を捻り投げ捨てた。

 

    「まぁ、嫌な気分が吹き飛んだから良いか」

 

     高い買い物だったけど、と自嘲気味に呟いて家に向かって歩き出した。
     家の中は殆ど電気が切られており、室内は暗くなっており唯一家にいるのは名雪が寝ているだけであった。

 

 

           ふぅと深く溜息を吐きながら、さっきまで座っていたソファーに座りこむ。
     祐一はさっきまでの事を思い出して、頭を軽く振って忘れる様にする。
     さっきまでの事とは朔夜と会っていた事であり、祐一は想いの事を告げたが朔夜の返答は殆ど告げられてなかった。
     その為、朔夜の気持ちは殆ど分からない状態であった。
     早めに返答を聞きたかったのか、朔夜に詰め寄っていたが祐一は感情を抑え切れていなかった。
     朔夜の動揺した様な表情が浮かんだ時、祐一ははっとした表情をして朔夜から離れた。
     その時の朔夜の表情は、祐一が有希との行為をしてしまった時にその事実が判明した時に覗かせた表情であった。
     祐一はすまない、と謝るが朔夜の表情は晴れる事はなかった。
     それからは明日帰る事だけを伝えて、帰って来たので祐一は心底疲れ切った表情を醸し出していた。

 

    「……これじゃあ、明日は返答を聞けないか」

 

     もう一度、煙草を吸って忘れる様にしたかった様だがまた買いに行くのも面倒のも確かであった。
     ポケットに捻り込んでいたジッポーをテーブルの上に放り投げて、コツンと音を立ててフローリングに転がり落ちる。
     祐一は勢い良く立ち上がって、もう寝よと一言だけ洩らして自室のベッドに向かって行った。
     転がり落ちたジッポーは僅かな月光によって、銀色の輝きを灯していた。

 

 

          pipipipと目覚まし時計のコール音が部屋に鳴り響く。
     ボンヤリとした表情で祐一は眼を覚ましたが、時折に出てくる欠伸が余り眠れなかった証拠であった。
     夢の中でも朔夜の動揺と悲痛の交じり合った表情が浮かび上がっていた。
     その為何度も目を覚ましてしまい、まともに眠る事は出来なかったのであった。
     んー、と欠伸をしながら身体を伸ばしてベッドの脇に置いてあるシンプルの目覚まし時計を手に取って見る。
     デジタルで表示された時間は6時を指しており、丁度起きる時間に起きれた事にホッとした表情を覗かせた。

 

    「さて、名雪を起こさないとな」

 

     もう一度、祐一は軽く欠伸を噛み殺すと親の寝室で眠っている名雪を起こしに向かった。
     寝室のドアに向かって軽くノックをしてみるが、反応は殆ど音もしないままであった。
     入るぞ、と小声で言うが寝返りもしないでタオルケットが呼吸によって時折動く位であった。
     やれやれと言いながら寝室に入り、名雪を起こそうとして足音を極力立てない様にしてべッドに近付く。
     タオルケット剥ぐ。
     胸元がはだけた名雪が眠っているが、その格好に祐一は気にした様子を見せずに名雪の身体を揺すり始めた。
     昨日早く寝たお陰か、軽く揺すっただけで名雪は起きたので祐一はほっとした表情であった。

 

    「おはよう、祐一」
    「ああ、おはよう……何時もこれくらいで起きてくれ」

 

     人差し指を顎に当てつつ、眼を軽く閉じて考える名雪だがその表情は何時もと変わらないので祐一は苦笑いを洩らした。

 

    「答えは分かっているから、そろそろ支度しておけよ」

 

     言おうとした事を先に言われて遮られた名雪は口を尖らせたまま、返事をした。

 

 

    「忘れ物は無いよな?」

 

     ん、と名雪が頷くのを確認した祐一は自分の忘れ物が無いのも確認して飾り気の無い鍵をポケットから取り出した。
     昨日の夜に投げてしまったジッポーはボストンバッグに放りこんであるが、名雪は存在を知らないので祐一は言わないままであった。
     名雪は最後にお邪魔しました、と一言を言って間間をぐるりと見回した。

 

    「もう、良いよ」

 

     名雪がぴょん、と軽く飛んで玄関から出ると同時に祐一は鍵穴に少しシルバーが落ちかかっている鍵を指しこむ。
     がちゃん、と重厚な音を立てながら玄関は完璧に閉じていった。

 

 

          朝の駅周辺では通勤や部活の為に通学する者などで溢れかえっており様々な色取りの服装を着た人達が歩いていた。
     人込みを避ける様に二人は改札口まで歩いて行くが、名雪が慣れていないので少し速度が落ちていた。
     多数の人が流れこむ改札口を抜けると朔夜と有希が佇んでいた。
     朔夜は柱に寄り掛かりながら、腕を組んで祐一を睨む様な目付きをしており祐一は溜息を吐くしかなかった。
     有希は軽く腕を振りながら、祐一に近付いて行った。

 

    「二人ともおはよっ」
    「あ、おはよう」

 

     有希と名雪はお互いに挨拶をするが、祐一は手を上げて挨拶するだけであった。
     その態度に有希は眉間に皺を寄せながら、口を尖らせていた。
     祐一は渋々と有希に挨拶をして、有希は態度を軟化させた。
     しかし、朔夜は手を上げて挨拶しただけで口を開く事は無かった。

 

    「今日の朔夜、何か機嫌が悪いんだけど理由知らない?」

 

     祐一は至って平常心の様に振舞って、誤魔化そうとするが有希にはすぐさまばれてしまった。
     有希は咎めるでもなく普通に駄目だよ?、と一言で済ましただけであった。
     咎められることが無かったので祐一は訝しそうな表情を有希に向けるが、有希は名雪と何か話している様だった。
     祐一は朔夜に話そうとするが、時間は少なくなっており話せる時間はほんの少しだろう。
     その証拠に天井に掛かっているアナログの時計は6時50分を指しており、あと数分でこの町から離れる事になるだろう。

 

    「名雪、そろそろ行くぞ」

 

     名雪が頷くのを確認して、二人はホームに向かって行く。
     その後ろから朔夜と有希が付いて来ており、最後まで見送る様だ。
     既にホームには列車が止まっており、乗り込む人々が多数並んでいた。
     プシュウ、と音を立てて重厚なドアが機械に操作されてゆっくりと開き出す。

 

    「……祐、昨日の返答言って無かったので言っておくわ」

 

     急激に祐一の唇の元に何かを付けられた感覚が祐一を支配した。
     その感覚は暖かく、甘酸っぱい―――キスであった。
     有希は朔夜からするのが分かっていた様に二人の行為を楽しんでいた。
     そして名雪は朔夜の行動を見て、口を情けなく空けたまま朔夜を見入っていた。

 

    「……これがあたしの返答よ」

 

     何時もの表情と変わらず、無愛想のままであったがその表情は普段から見ている有希には穏やかに写っているだろう。

 

    「……じゃあね、祐」
    「ああ、ありがたい物を頂いたしまた会おうぜ」
    「音薙もじゃあな」
    「なんでわたしにはそう言う挨拶かなのか言いたいけど……じゃあね」

 

     名雪にも挨拶をするが、名雪は嫉妬を隠しきれない表情で挨拶に答える。
     二人の挨拶が終わると同時に重厚なドアがゆっくりと閉まり出す。
     そして、列車はゆっくりと加速して行く。
     最後に見えたのは朔夜と有希が手を振っている姿だけであった。

 

 

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