新年が明けて1997年になり、新たな気持ちで牧場作業を励む日々に。

     今年の春には祐一が地方騎手デビューする年でもあり、Kanonファームとしてはその時期――春の4月が待ち遠しく感じられるだろう。

     そのため、今年の元旦は祐一が居ない状況なので少し寂しい雰囲気を醸し出している。

     だが、それを紛らす様に従業員2名と名雪の友人――香里、北川と斉藤が共にこの場で楽しんでいた。

     3人揃ってKanonファームに年始の挨拶に来て、言われるままに秋子から御節を勧められている状態。

     秋子が作った料理の腕前は誰もが唸る程で、豪華爛漫な食材を一切利用せずに食物の味を完全に引き出しているのだから。

     そんな料理を目にしては3人も断るわけにもいかず、勧められるまま箸を口に運んでいく。

     お酒を勧められる事は無かったが、既に秋名は頬を赤く染めて目が据わって出来上がってしまっている。

     3人は酔っ払いである秋名に絡まれないように避難している状態だが、名雪は扱いに手馴れているので、時々相手にしながら3人と話している。

 

    「名雪は着物を着ないの?」
    「この後は調教があるからね。着替える暇なんか無いと思うよ」

 

     香里は無理矢理着物を着せられたのか、嫌そうに袖部分を摘んでは溜息を吐き出してしまう。

     それに比べて名雪はハイネックのセーターにジーンズとラフな服装で、先ほどの発言通り、後で調教のために騎乗をするのが分かる。

 

    「水瀬の着物姿が見られるかと思ったんだがな」
    「あはっ。残念でした」

 

     北川をからかう様に名雪は笑顔を浮かべ、北川は心底残念そうな表情を浮かべてしまった。

     そんな様子を香里と斉藤は楽しげに眺めていたと記しておく。

 

 

     そして、元旦が過ぎた4日後。

     本日から97年度の競馬が開始されて、中山競馬場と京都競馬場では金杯――G�靴�メインレースとして開催。

     Kanonファームの各馬も類に洩れず1歳歳を取って、2歳馬はクラシック路線を目指して早くも調教から始動。

     1997年度初出走を飾るのは前走の奥多摩Sを勝利して京都金杯に駒を進めるダンシングウイナーが重賞に。

     初めて挑戦した重賞は3歳時のファルコンSだったが、その時はまだ完成した現在の域とは程遠く6着と敗れていた。

     あれから1年半近く経ち、ようやく重賞初制覇が手に届く距離に近づいており、ここはチャンスとも言えるだろう。

     ホワイトファントムが中山芝2200mの未勝利戦に出走となり、2戦目でどこまで着順を上げられるかが課題。

     あれから3ヶ月みっちりと調教を行ってきたが、まだまだ馬体の出来具合は6割にも満たない状況。

     だが、途中で出走しないと何処まで鍛え上げられたかが、分かり難いので今回出走する事に。

 

    「京都金杯を制してくれれば、今年1年は良い年になりそうですね」
    「3年前も制しているし、今年も勝利してくれればうちが制した重賞の中では初の2勝目になるね」
    「そういえば既にストームブレイカーが勝利していたな」

 

     3人はサイドボードに飾られている京都金杯の優勝カップ――盃を眺める。

     盃は綺麗に磨かれており他の優勝カップよりも存在感を持ち、一目で金杯を制したと分かる。

     今回、ダンシングウイナーが勝利すれば見事に2つ目となる京都金杯の盃が飾られる事になるのだから。

     とは言え、簡単に勝利出来る可能性は低く、久しぶりの重賞で何処までやれるかが一番の問題。

     現在は1番人気に支持されているとは言え不安点は上記の通り、重賞で普段の力が出せるかが焦点であり、重賞戦線を走ってきた馬との対戦はこれが初めて。

 

    「本来ならシンコウキングが1番人気になっていそうですが、ダンシングウイナーが1番人気になるとは思っていなかったです」

 

     シンコウキングは去年の富士Sを勝利した良血馬で半兄にイギリスダービーを制したドクターデヴィアスが居る紛う事無く、超が付く良血馬なのだから。

     そんな良血馬を抑えて、1番人気に支持されたのは近走の成績が重賞路線でもやれる事が期待感に現れているのだろう。

     そして、レースが開始された。

     久しぶりの1600m戦となるが、ダンシングウイナーは追走に苦労する事無く、良い位置取り――平均ペースの中で5番手付近を駆けている。

     シンコウキングはその後ろでダンシングウイナーをマークする立場として、密着しており、仕掛けるタイミングを誤ると抜かれる可能性も。

     相手の騎手は第一線で活躍中の大ベテランなのだから、動き1つでも誤れば、隙を見せた瞬間に襲い掛かってくるだろう。

     そして、直線に入るとここで我慢をしていたダンシングウイナーがじわじわと動き出して、馬群の中から外に持ち出そうとする。

     だが、そのタイミングを遮るように相手の騎手が先に仕掛けて、横から圧力を掛けてダンシングウイナーの進路を抜かれないように閉ざす。

     こうなると、一度下げるか前が開くまでダンシングウイナーは我慢しなければならず、内と外が閉じ込められた状況では厳しい。

     それに比べるとシンコウキングはじわじわと外から伸びて斬れる脚が無い分、ダンシングウイナーよりも早仕掛けだが、包まれている間に差が広がる。

     残り100mの時点で何とか外に出して騎手が鞭を入れるが、差を付けられた分が響き、3着になるのが精一杯だった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:シンコウキング……アイルランド産まれの超良血馬。