ハネダニマケナイが支笏湖特別を勝利した事で、ますます菊花賞の上がり馬として評価が上がっている。

     2600m戦を連勝し、未勝利の2400mから3連勝中では長距離馬としての適正は疑いようがないのだから。

     いつもは中団から後方を駆けていた馬が、スローペースの中で4番手からしっかり折り合って押し切るのだから、評価はうなぎ登り。

     とはいえ、まだ重賞路線は未出走なので、ここからトライアルで権利を取らなければ菊花賞の道は閉ざされてしまう可能性が高い。

 

    「賞金は上乗せされたから、わたしとしては何も問題は無いがな。敢えていうなら、ここで奇策に出るよりも重賞で使って欲しかった位だがな」

 

     と、名雪は特にお咎めをする必要も無いと感じた様で、毎回同じ騎乗して惜敗されるなどになるよりは奇策を打って貰う方がマシなのだから。

 

    「お咎めは特に無しで?」
    「する必要も無いだろう。惨敗した訳でも無いし、入れ込んだ訳でも無いならそのまま菊花賞でも騎乗して貰う」
    「ありがとうございます」

 

     ベテラン騎手らしく落ち着きを払った格好だが、こうなるのが分かっていた様な対応。

     だからこそ先行策を取れた訳で、名雪が過程と結果を重視する馬主だか成り立つ。

     これが騎手の判断に文句をいうような馬主であれば、憤慨し乗り代わりを調教師に進言する位の可能性も高い。

     それ比べると名雪の対応は甘いかもしれないが、自身がレースで騎乗している訳でも無く、レース展開は生き物の様に蠢くものだと知っている。

 

    「いや、水瀬社長は分かっている馬主で助かりますよ」
    「ふん……煽てるのは無駄だがな。わたしとてそこまで甘いつもりは無い」
    「ええ、分かっています。壮大なミスをした時には乗り代わっても仕方ないでしょう」
    「分かっているなら良い。で、手応えはどうだ?」

 

     騎乗に関する事はこれでお終いと言いたげにバッサリと話題を変えてハネダニマケナイの手応えを尋ねる。

     流石に楽な手応えだったとはいえ、普段の後方から差す競馬と違うのだから騎手でしか分からない微妙な違いもあるのかもしれない。

 

    「そうですね……敢えていうなら、ちょっと脚捌きにスムーズさが感じられませんでしたね。内枠で囲まれた影響もあったのかもしれませんが」
    「これが初の内枠だったか……どちらかというと大跳びだからな。菊花賞ではそれも念頭に置いてくれ」
    「これからは馬群の中から外に出す、このタイミングが重要になりそうですね」

 

     騎手は手綱で外に誘導するような仕草をして、場にゆるい雰囲気を漂わせた。

     名雪は人差し指を掲げて、内枠からのスタートがあれば後1回は試す様に釘を指す。      1回だけでは本当に馬群の中で走るのが下手なのかが分からないのだから。

 

    「まぁ、本質的に後方からの方が良いので滅多に使用しませんけど、菊花賞では展開次第では使いますよ」
    「ああ、それで構わない。まだホワイトクラウドが阿寒湖特別の結果を出していないので、ここを負けたらローテーションの変更が必要だからな」

 

     今週の結果次第ではハネダニマケナイの菊花賞におけるローテーションや脚質の変更もありえるのだから、色々な話題が尽きない。

     そうこう話している内に、厩舎に所属している馬が夕飼いの時間になったので、餌をねだる為に、前掻きの音が忙しく鳴り響く。

     丁度、タイミング良く夕飼いの時間となったので、話はここでお開きとなり、お互いに軽く挨拶を済ませる。

 

    「ホワイトクラウドが勝つ事を祈っていますよ」
    「ありがとう。そうなると良いんだがな」

 

     そういって名雪は軽く会釈をしつつ、日差しが強い中を歩きながら厩舎から離れていった。

 

 

     阿寒湖特別。

     札幌2600mで開催されるこのレースは1000万下ながら、ステイゴールドとマンハッタンカフェ、ファインモーションが勝利している。

     即ち、出世レースとして知られているが、近年はパッとした活躍馬が輩出されていない。

     本来なら支笏湖特別と同じようにスローペースになると思われていたが、同脚質の逃げ馬が争っている為、長距離線では珍しくハイペース寄りに。

     ホワイトクラウドとホクトスルタン。

     奇しくも白毛と芦毛の共演というわけで、1600万下とは思えない位観客席から歓声が聞こえてくる。

     その2頭が逃げ馬として、プライドを賭けて先頭争いをしているので、3番手以降は控えている状況。

     後方は共倒れになると思った様だがペースを操っているのか、2頭の脚は最後まで鈍らない。

     直線に入り、慌てて追いかけるが差は一向に縮まらず、2頭の争いとなり、最後の最後はお互いに譲らない。

     菊花賞という最後のクラシック3冠の道が近づくのだから。

     そして、結果は2600mという長距離でスタートからゴールまで叩き合って僅か鼻差で決着。

     ――勝ち馬はホクトスルタン。

     メジロマックイーンの血が土壇場に開花し、セイウンスカイの血を引くホワイトクラウドも逃げ馬としての才能を見せ付け、負けはしたが先は見えた。

     菊花賞に進めなくとも、この走りが出来れば大きい所で勝てる可能性もあるのだから。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。