7月15日。
この日がウインドバレーのデビュー戦であり、ここ函館は晴天に恵まれており、観客動員数はそれなりに見込めそうな天気。
ウインドバレーが出走するダート1000mは第4レースから行われるので、午前中からの開催。
競馬新聞を見る限りウインドバレーの印は◎◎◎◎◎とグリグリの本命になっており、他紙も同じように二重丸が5つ押されている。
ここまで圧倒的な人気を背負ったのはKanonファームでは初めての事と言い切れる出来事。
短評には絶賛のコメントが書かれており、騎手がミスをしない限り勝てるシンプルに言い表せるようだ。
「過大評価にならないと良いんですが……」
秋子は各誌の評価を見つつ、嘆息を吐きながらぼやいてしまう。
ここまで評価されてしまうと逆に不信感が募ってしまい、プレッシャーによって自身の評価が定まらなくなってしまう事がある。
秋子は正にその状況が自身に降り掛かってきてしまうのは至極当然。
今まで1番人気になったKanonファーム生産馬はいるこそも、ここまで圧倒的に人気になったのは初めての事柄なのだから。
うーん、と秋子が唸っていると、ポコッと名雪が丸めた競馬新聞で秋子の頭部を軽く叩いてしまう。
「新馬戦だけは期待しているんじゃないの?」
名雪は数ヶ月前に秋子と秋名が喋っていた事を覚えているらしく、その事を引き出してから秋子に問い詰める。
その事をはっきりと言われた秋子は、うっと小さく呻き声を洩らしてしまうほど棘がある言葉だったようだ。
「それに顔が引きつっているから、叩いたのも理由の1つ」
秋子は名雪に指摘された事を一瞬だけクエスチョンマークを浮かべつつ、両手を自身の頬に持っていき軽く触れ始める。
うんうん、と名雪は腕を組んだまま頷いており、秋子が頬に手を持っていった事が正しいから肯定している。
「ほら、顔が固いし、堂々とした方が良いよ」
秋子は軽く指先で頬を掻きつつ照れくささを隠すように、少しずつ表情を和らげていく。
バッチリ、と秋子がいつもの表情になった事でOKサインを指で作る名雪。
「所で……祐一君は?」
「あそこに張り付いてレース見ているよ」
確かに祐一は馬主席の前部にあるガラスに張り付いて、ジッとレースを見ており、ちょっとした事では動きそうもなかった。
そして、ウインドバレーが出走するまで祐一はその場所から決して動く事は無かった。
ウインドバレーが出走するレースが近づいてくると、秋子は名雪と祐一を連れてパドックに向かう。
楕円状のパドックを闊歩しているのは12頭の馬であり、全ての馬が初めての景色に戸惑っている。
その中で堂々としているのが、ウインドバレーただ1頭なのでオッズの売れ行きが1.4倍になるのも頷けるだろう。
入れ込みも無く、踏み込みは深く歩いており気合十分の状態。
数分後。
競馬協会の職員が恒例のとまーれ、と声を出してから騎手が横1列に並んでからレース名と距離が告げ終わると、騎手はそれぞれの騎乗馬に向かう。
ウインドバレーに騎乗する騎手はベテランであり今年は既に51勝をして、重賞はそのうち3つ制覇している。
リーティング順位は3位と好調をキープしているので、益々ウインドバレーが勝つ確率がアップ。
そして、馬場入場が終わり、数分後にはレースが開始される。
ウインドバレーの枠順は4枠4番の偶数なので、後からゲート入りになるのだが、何も問題無く入った。
最後に8枠12番の馬がゲートに1度だけ梃子摺るが、2度目にはキチンと入る。
ガシャン、と独自のゲート音を響かせながらスタートが切られ、ウインドバレーはスムーズにゲートを出てから5〜6番手を位置する。
わざと砂を被る様な場所を走らせているのは、馬に競馬を教えるためと騎手が馬の能力を知るために行う。
砂を被るとズルズルと下がってしまう馬もいれば、物ともせずに走りぬいてしまう馬もいる。
そして、ウインドバレーは後者の様でレース道中はまったく問題なさそうに砂を被っていた。
3コーナーに進入した辺りでウインドバレーは外に持ち出して、徐々に位置取りを上げていく。
最終コーナーを越えて、直線に入った時点でウインドバレーは逃げ馬を捉えつつ更に加速。
1馬身、2馬身、3馬身とドンドン差が付いて行くが騎手は鞭も手綱も扱かないで馬の能力のみが突出している状態。
そして、ゴールインした時は2着馬に4馬身差と圧倒的な強さを見せ付けて、タイムは1:00.2と前半が遅かった事が考えると十分。
ウインドバレーが勝利した瞬間、名雪と祐一は珍しく抱き合いつつ勝利の喜びを喜色満面の表情で味わっていた。
そして、秋子はグッと胸の前で力強いガッツポーズが無意識で出てしまうが、 それほどの実力を示したウインドバレーに対する喜びだろう。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。