誰もそんなこと、知りませんでした
双子が、入れ替わっているなんて
双子の姿見は、その一片ですら同じ
それは鏡写しとまったく変わらないこと
だから誰も知る由も無いのです
双子の両親ですら、分からなかったのですから
けれど、唯一違ったことがありました
それは……双子の、性別でした
男の子は女の子に変わっていて
女の子は男の子に変わっていて
けどやはり、そのことも、誰も知りませんでした……
☆★☆
「ねぇ、香里?」
放課後
ふと、名雪に声をかけられた
そのことに、あたしは疑問を感じた
──いつもなら、真っ先に相沢君のところに行くのに
「……何、名雪?」
あの日、相沢君に送ったメール
返ってきた内容は『用心に越したことは無い』
あたしはそんな言葉を思い出していた
「これから、遊びに行かない?」
名雪は笑顔で、そう言った
「……遊びに?」
「そう」
いつもは相沢君と百花屋に行っているだけに
この名雪の行動には不信感があった
「今日は、相沢君とは百花屋に行かないの?」
「……今日は忙しいんだって」
「ふーん……」
いつもは、自分しか優先してなかった名雪
それを毎日のように見ていたあたしは、当然のように
「今日、ちょっと忙しいのよ。……また今度ね?」
断った
確かに、学年末に向けての勉強で忙しいので、嘘はついていない
北川君や目の前のこの娘もしないといけないのにね
「そっか、残念」
あたしの言葉をどうとったか知らないけど
名雪はがっかりしたように溜息を吐き
「──栞ちゃんも来るんだけどね」
と、言った
「ぇ、栞が?」
その言葉に、あたしの心が揺らいだ
栞、美坂栞
あたしの大切な妹
最近、やっと落ち着いてきたっていうのに
過保護かもしれないけど、下手をすると簡単に失ってしまうもの
「バイバイ、香里~」
いつの間にか、教室の外に出て、こちらに笑顔で手を振っている名雪
そんな名雪に
「待ってっ!」
「?」
「……やっぱりあたしも行くわ」
そう言っていた
──ニヤリと、不気味な笑みには気付かずに
☆★☆
「……なんですか?」
「いやぁ、少し君とお話がしたかっただけさ」
「生徒会長なんて人に、一般生徒と話す暇があっていいのですか?」
「──そういえば、そうだった」
「仕事があるのでしたら、そちらを終わらせた方が宜しいですよ。雑談なぞ何時でも出来ますから」
「ははっ、まったく君の通りだ、相沢祐姫君」
「……では、失礼します」
これが、私と久瀬
執強との出遭いだった
廊下で見かけられ、声をかけられ、生徒会室に呼ばれたというだけ
普通の知り合いであったら、普通の出来事
けれど、私と久瀬さんは、今日まで話したことも話しかけられたことも無かった
見たことはあった
生徒会長ともなれば、否応無しに壇上に上がって演説でもしなければならないから
久瀬さんの方も、私の姿くらいなら見たことはあるのだろう
でも、私の身体に纏わりつく、得体の知れないモノが嫌だった
生理的嫌悪
その言葉が一番当て嵌まる
だから、あの場から立ち去れたのは嬉しかった
──だって、気が狂いそうになるのだから
☆★☆
相沢祐姫と直接話が出来た
僕にとっては、それが何よりも幸福だった
隠しておいたレコーダーには、鮮明に聞こえる祐姫の声
だが、これだけでは満足出来ない
あの異色の髪を撫でたい
あの柔らかな肌に爪を、牙を食い込ませたい
あの可愛らしい唇を嬌声と悲鳴で、歌わせたい──っ!
姿見の写真じゃ、録音機の音じゃ満足できるわけが無い
裸身を想像しても、喘ぎ声を想像したって、絶頂なぞ出来るわけが無い
何故なら、話している最中に情欲に駆られていたから
本物と話しただけで、絶頂しかけたから──
「次は、どういった場所で出逢えるのかな、祐姫……?」
☆★☆
「もう、夕方か……」
「そろそろ帰らなきゃ駄目ですよね……」
あたしの独り言に、並んで歩いている栞が反応した
そう
ただ名雪と商店街を歩き回っただけ
やってることなんて、いつもと変わらないこと
それだから、すぐに夕方になってしまった
全国のお母さん達が夕飯の支度に取り掛かる頃合い
……うちではそうだけど、他のとこはどうだろう?
まぁ、そんなことはどうでもよく
「楽しかった?」
栞に訊ねる
「はいっ」
そうして、元気よく笑顔で答えてくれる
それがあたしにとって何より嬉しかった
「じゃあ、また明日」
と後ろを歩いている、名雪に振り返ろうとして
「香里達に、明日なんてないんだよ」
そんな声と共に、信じられない光景が映った
長さ1m程の角材を持った名雪が
「──お休みっ!」
それを、やや近くにいた栞目掛けて、振り下ろしていた
なんだか遠くで聞こえる、鈍い音
見れば、頭から血を流して倒れている栞
ふと、名雪を見ると
「ふふっ」
栞の血が付着した角材を見て──笑みを零していた
あたしは、それを見て
「いやぁぁぁぁ────っ!!」
狂いそうなほど、叫んだ
振りすぎて痛んでくる、首
瞳から溢れる、涙
両手は栞の血で染まっていて
「煩いよ」
ガツン
頭に、鈍く響く音
……後ろから、名雪に殴られた
栞の血が付いた、あの角材で
気が遠くなる
「──あ、そうそう──から。で、──持ってきて──ん──。」
ノイズが奔る
前が見えなくなる
愛おしい、妹の姿さえも
そして、意識が無くなる寸前に聞いたのは
「明日は何しようかな~♪」
ただただ陽気な、名雪の声だった
──幸か不幸なのか、そこは普段人気の無い路地だった