外は心地よい天気と気温によって、色取りの洗濯物が多数干されている。
     ひらひら、と風によって舞っている洗濯物がリビングから見える。
     洗濯物の動きを眺めながら、祐一は暇そうにTVのチャンネルを回していた。
     地方局の番組らしく、地元のデパートなどの紹介が淡々と流れて行く。

 

    「ふむ、暇だな」

 

     顎に手を哲学者が考える時に置く様なポーズをしながら、祐一は誰とも無く呟いた。
     今日は土曜日なので学校は無く、名雪は受験生らしく勉強に手を付けているが祐一は暇そうにTVを眺めているだけであった。
     秋子は祐一の行動を見て、微笑みながらキッチンで何かを作っていた。
     香ばしい匂いが空間に広がって行き、祐一の鼻腔を擽る。

 

    「何を作っているんですか?」

 

     祐一はソファーに座ったまま、首をキッチンの方に向けて秋子に聞き出した。
     秋子はボールに入れてある物を勢い良くかき混ぜており、カチャカチャと泡立て器でかき混ぜている音が流れている。
     暫らくかき混ぜる音が流れていたが、ボール内部の物が混ざり合ったのか秋子は手を止めて中断した。

 

    「バウンドケーキですよ」

 

     へぇ、と祐一は匂いを嗅ぎながらキッチンまで行くが祐一には未知な物が多く溢れており色々な物に手を伸ばしている。
     その祐一の行動を見てから秋子はクスッと笑って、祐一に物を教え出す。
     祐一の目は未知の物を前にした子供の様に、目を輝かせていたので秋子も教えがいがあるのか楽しんで教えていた。
     秋子は教えながら、手に持っているボールをかき混ぜる事を忘れないでいた。

 

 

     後は焼くだけですね、と秋子は呟き混ぜた物を型に入れて温めて置いたオーブンにタイマーをセットして入れる。
     オーブンはかなり使い込まれていたのか、所々に焦げが付いており秋子の愛用品だと祐一でも分かった。
     オーブンのガラスを覗きこんで動いたかチェックする秋子だが、その表情はもう既に出来あがりが楽しみな顔になっていた。

 

    「40分くらいしたら出来あがるので待っててくださいね」

 

     祐一は楽しみにしています、と言ってキッチンから出て行く。
     キッチンでは秋子が鼻歌を歌いながら、使用していた器具を洗い始めていた。
     秋子が身体を動かすたびに、振り子の様に三つ編みも一緒に動いていた。
     祐一は猫が居たら飛び掛っていそうだな、と思いながら三つ編みを眺めていた。
     視線に気付いた秋子は人差し指を顎に当てながら、少女の様に首を傾げる。
     何でも無いですよ、と祐一は答えて2階にある自室に戻って行く。

 

 

     バウンドケーキが焼けるまで祐一は手持ち沙汰になったので自室のベッドに転がって古い雑誌に手を伸ばす。
     数ページ読んだ所で床に投げて、パラパラとページが捲れて行く。
     読み終わった雑誌を何度も見ても内容は変わる事が無いので、暇そうであった。
     仕方なしに机に向かって、教科書に手を取ってページを開いてみるが頭を抱えてしまう。

 

    「はぁ……やっぱり勉強は嫌いだ」

 

     勉強が嫌いと言うより、勉強のやり方を効率良く出来ないのが祐一の問題であった。
     まぁなんとかなるだろう、と呟いて普通に勉強をし始める。
     暫らくするとドアのノック音が室内に響くので、壁に掛かっているシンプルな時計を確認するとあれから40分は経っていた。
     ノックが止むと秋子がゆっくりとドアを開けて、隙間から顔を覗かせる。

 

    「祐一さん、出来ましたので食べませんか?」

 

     祐一は楽しみにしていた物が食べれる時になったので勢い良く立ち上がり、その勢いに押されて椅子がグラグラと揺れる。
     祐一が部屋から出た同時に椅子は支えを無くして、床に盛大な音を上げて倒れた。

 

 

     リビングには既に出来立てのバウンドケーキが置かれており、香ばしい匂いが辺り一面に充満していた。
     匂いを嗅ごうとしなくても鼻腔を擽る程、おいしそうな匂いに祐一は我慢出来なさそうな表情だった。
     そしてバウンドケーキは綺麗なキツネ色に焼かれており、焦げは殆ど無いに等しい出来具合であった。
     その実物を目の前にした祐一は、唾を飲み込んで喉を鳴らした程の作品だった。
     ふと、祐一は何かが気になったのか辺りを見回す。
     秋子の娘―――名雪がこの場にいないのであった。
     祐一は名雪の事を聞こうとするが、秋子は人差し指を自分の口の前に置いてポーズを取る。
     つまり、内緒にしておいてくださいねと言う事だと祐一は理解した。
     祐一が頷くと秋子は軽くウインクをして来たので祐一は視線を逸らして、僅かに赤くなった。
     秋子はクスッ、と微笑んで手に持っているナイフでバウンドケーキを切り始める。
     八等分されたバウンドケーキは花が描かれている皿に4つずつ分けられて、静かに置かれた。
     淹れたてのホットコーヒーがゆらゆらと揺れながら、皿と同じ絵柄のコーヒーカップに注がれて行く。

 

    「頂きます」

 

     一口を入れるとふんわりとしたスポンジ状の部分と外側の焼いた部分のハーモニが素晴らしく味わいであった。
     ガツガツと言う擬音が聞こえて来そうな程の食べっぷりであった為、秋子は微笑んで見つめていた。

 

    「美味しいですか?」

 

     祐一は食べる方に集中しているので、親指を上げてグッドの意思表示を送った。
     この評価に秋子は顔に出さないが内心は喜んでいるのは確かだろう。

 

    「ふふっ、祐一さんもっと美味しい食べ方がありますよ」

 

     秋子は祐一の皿に盛り付けたバウンドケーキをフォークで食べやすい様に一口サイズに切って、祐一の口元に差し出す。

 

    「はい、あーん」

 

     祐一は赤くなりながらも、秋子から差し出されたバウンドケーキを口に入れる。

 

    「確かにさっきより遥かに美味しいですね」

 

     もう一度、と秋子が差し出そうとした時リビングへのドアが小さな音を立てて開く。
     フォークは祐一の口の前で固定されており、祐一は口を開けたままリビングのドアに向けて表情が固定されていた。

 

    「……何やっているのかな? お母さん、祐一?」
    「何って……祐一さんに食べさせてあげるのよ?」

 

     水瀬家では絶叫が周辺に響き、相変わらず楽しげな会話が聞こえていたと言われた。

 

 


 

     食べ物ネタは前に書きましたけど、今回はデザートネタです。
     あーんのネタは一度は書かないと言うわけで秋子さんを抜粋しました。