はぁ……全然進まないよ。
どん、と目の前に積まれている教科書を見てわたしは溜息を付くしかなかった。
これってわたしを眠らせない為の陰謀に近いよ。
しかも、全然分からないよ……睡眠学習していたのに。
教科書を広げて見るけど……全然覚えの無い言葉が多いよ。
う〜、どうしよう。
壁に掛けている学年予定表を見るともう期末テスト2週間前になっていた。
そう考えると結構ヤバイよ。
机の上に置かれているノートに手を伸ばしてページをめくってみる。
どのノートも……ミミズが踊っているよ。
これ、本当にわたしが書いた文字だよね。
所々に濡れた後があるんだけど祐一のノートじゃない……か。
仕方ないけど香里に頼ろう。
わたしはテーブルに置かれている猫柄の財布を手にとって中身を確認する。
千円札が3枚と五百円が一枚か……あまり高い物請求されたくないなぁ。
お昼休み中、わたしと香里は学食で食事を摂っている。
祐一と北川君は別の所に行っているみたい。
回りは騒がしくなっているがここで交渉しておかないと話す時が少ない。
「で……テスト勉強を付き合って欲しいわけね」
「そうなんだよ、勿論ただでとは言わないよ」
前に何故奢らなきゃいけないの、と聞いたら家庭教師雇うより安く済むわよと言われて納得したよ。
同じクラスで学年一位に教えて貰えるなら安い買い物かなぁ?
「期間は?」
「出来れば今日からテスト1週間前まで」
「……あたしは栞にも教えなきゃいけないんだけど?」
「う〜、百花屋でケーキ一日一個は?」
「コーヒー付きなら引き受けても良いわよ」
軽く計算しても1週間で5000円近くは羽根付けて飛んで行きそうだよ。
前のテストの時は中の下だった順位が中の上に上がったから効果はある。
「分かったよ。百花屋でケーキ一つにコーヒー付きで良いよ」
「OK、引き受けましょう」
はぁ、これでお金が全部無くなったのは確定しちゃったよ。
……暫らくはイチゴサンデーは食べれないのは痛いけど仕方ないか。
「おねがいします。香里先生」
これで少しは安心出来るかな。
学校終了後、いつも通り百花屋に入店している。
部活はテスト週間に入っているので今日から休みなのが助かっている。
1週間前が普通みたいだけど、うちの学校はその辺が違う様だ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
日が当たる窓際に座っていると女性店員がトレーを持ちながら尋ねてきた。
「フルーツ盛り合わせのタルトとキリマンジャロコーヒーを」
わたしは水を頼んだだけにしておいた。
香里の分とイチゴサンデー頼んだら、今日だけで2000円近く飛んで行くよ。
「香里、あまり高いの頼まないで欲しいなぁ」
「何か言ったかしら?」
う〜、ジロリと睨まれたら言い返せないよ。
暫らく、談話をしていると香里が頼んだ品物が運ばれて来た。
……おいしそうだよ。
特にイチゴが輝いて見えるよ。
スライスされて綺麗に並んでいるイチゴの他にマンゴー、キュウィ、桃が鮮やかに飾られていた。
「あげないわよ」
「べ、別に狙っていたわけじゃないよ」
「どもりながら言っても説得力無いわよ」
香里は先に輝くイチゴを食べ始めた。
あ〜、イチゴが香里のお腹の中に消えて行っちゃったよ……
「ご馳走様。さっ、行きましょうか」
わたしは伝票を掴み、支払い額を見てまた溜息を吐き出した。
「ありがとうございました」
いつも来ている百花屋だけど今日はその営業スマイルが憎いよ。
外に出ると夕日によって香里の横顔が鮮やかなオレンジ色になっていた。
軽く伸びをして帰ろうとしたが襟を掴まれてしまった。
「何、帰ろうとしているのかしら?」
「し、してないよ」
香里は軽く溜息付くとわたしの襟首掴みながら歩き出した。
う〜、放してよぉ。
それにしても香里の家に来るの久しぶりだよ。
2ヶ月振りくらいかな?
「名雪が家に来るの久しぶりだったわね。確か前に来たのは……」
中間テスト前以来だったよね。
……今と全く状況変わってないよ。
なんか情け無いかもしれない。
「さ、上がって。ただいま」
「お邪魔します」
トタトタとスリッパの音を響かせながら玄関に来たのは香里に良く似た妙齢の女性だった。
「お久しぶりです、伊織さん」
「久しぶりね、名雪ちゃん……中間テスト前以来かしら?」
……この人は本当に香里に似ていると思うよ。
「母さん、前と一緒と思っておいてくれない?」
「はいはい、香里ちゃんが勉強教えるんでしょ?」
う〜、グサグサと心臓に矢が突き刺さって来るよ。
「じゃあ、ゆっくりして行ってね」
わたしがどんよりしていると伊織さんが声を掛けて来た。
「あ、はい」
わたしが返事するとそのまま伊織さんは背を向けて、リビングへ消えて行った。
「さ、あたしの部屋に行きましょ」
「うん、お手柔らかにお願いします」
「……これじゃあ、前より成績アップは厳しいわよ」
香里はノンフレームの眼鏡をスッ、と外してスラリとした足を組み替えた。
なんか大人びていて、本当の家庭教師に見えるよ。
同じ年にはとても見えないよ。
わたしが同じ事やってみても多分、大人っぽくならないだろうな。
「……? どこ見ているの?」
訝しそうに眼を細めて、手に持っている眼鏡を指に挟み直してわたしを見る。
「香里の仕草」
「あたしの仕草なんて見ても意味無いわよ」
「同じ女性として香里の仕草は綺麗に見えるし」
「あたしとしては名雪の仕草の方が羨ましいわ」
えっ、わたしの仕草が羨ましいって言われても……
わたしは首を傾げながら香里を見つめる。
「あたしには名雪見たく、可愛らしい仕草は似合わないのは分かっているし」
「そんな事無いと思うけど……」
わたしみたく首を傾げた香里を想像してみたけど……ごめん、似合わないよ。
やっぱり、香里は大人びた仕草の方が似合っているよ。
「名雪、今何か言ったかしら?」
ひっ、香里の感良さ過ぎるよ。
にゅっと伸びてきた香里の手でほっぺを引っ張られた。
「ひゃおり、いひゃいよ、ひゃなしてよ」
「あはは、相沢君の言う通り伸びるわね」
突然ぱっと放され、わたしは多分赤くなったほっぺをさすった。
「酷いよ香里」
「さ、そんな事は置いておいて続き始めましょ」
「置いておかないでよ」
「良いじゃない。あたしの仕草をみて自分が大人びて無いと思ったみたいだけどそんなのは人それぞれよ」
わたしの考えている事が分かってくれていたんだ。
ありがとう、香里。
うーん、流石に疲れたよ。
明日もこのペースで進めるのは大変だけど香里先生が教えてくれているんだし、頑張らないと。
うん、ふぁいとだよ。
わたしはいつも通り、胸の前に握り拳を作って気合を入れて家まで走って帰った。
名雪が珍しく主役だが、香里がメインです。
香里に眼鏡を装備させて足の組み替えをやりたかったので
その一文のみが書きたかったのでこのような話になりました。