外は既に黒とオレンジが交じり合っており、夜が近づいてきたのが分かる。
     ある家では天窓から湯気が天に昇っていた。
     ガラリ、と扉を開けて髪から滴る水滴が床に落ちて模様を作る。

 

    「ふう、さっぱりしました」

 

     濡れた身体にバスタオルを巻きつけてボブカットの髪を丁寧に拭き始めた。
     鏡の前で自分の身体を見て、溜息を付きながらまた手を動かし始める。

 

    「久しぶりに体重を計ってみましょう」

 

     仕舞われていた体重計を洗濯機の下から引き出す。
     少女が乗った事でクルクルとメーターが回りだし、以外な数字で止まった。

 

    「こ、こんな筈では……」

 

     今度はバスタオルを剥ぎ取って、肢体を晒すが関係無いようだ。

 

    「えぅ……こ、今度こそ」

 

     バスタオルを剥ぎ取ってもメモリは変わる事は無かった。
     頭を抱えてダウン状態になるが持ち前のポジティブで立ち直った。
     洗濯機に足を乗せて計ったが空しかった。

 

    「こ、こうしてはいられません」

 

     完全に水滴を拭き取れていない肢体を晒したまま風呂場から飛び出した。
     少女は部屋に戻り、さっとTシャツとスパッツに着替えジャージを羽織った。
     着替え終わった少女はドアを勢い付けて開ける。
     ゴス、と気味の良い音を上げた。

 

    「ゴス?」

 

     首を傾げ、勢い良く開けられたドアの下を見ると額を抑えたまま蹲った女性がいた。

 

    「……栞、ちょっと良いかしら」

 

     涙目を浮かべ赤くなった額を抑えながら、栞と呼ばれた少女の襟首を掴んだ。

 

    「ぼ、暴力反対です」
    「さあ、どうしようかしら?」

 

 

    「えぅ、この美少女に手を上げるなんて罰が当たりますよ」

 

     叩かれた頭を抑えながら、まだ余裕がありそうだった。
     額をドアにぶつけた女性は保冷剤で赤くなった個所を冷やしていた。

 

    「それはこっちの台詞よ」

 

     まったく、と言う様に溜息を吐いた。

 

    「所で何、騒いでいたのよ?」
    「……た、た、た」
    「……あー、なるほど体重ね」

 

     全身をジックリ、芸術を鑑賞する様に眺めるが変化は見られない様だった。

 

    「ちょっと立ってみて、あとジャージも脱いで」

 

     スッ、と言われた通り栞は立ちあがり羽織っていたジャージ脱ぎソファーに投げた。
     顎に手を当てながらじっくり頭からつま先まで真剣な目付きで見る。

 

    「ど、どうなんですか?」
    「少なくとも悪い方には行かないから安心しなさい」
    「? どう言うことですか?」

 

     首を傾げているのでどうやら言っている意味が分からなかった様だ。
     はぁ、と溜息を吐いて女性は説明を付け足した。

 

    「身長が伸びる可能性があるんじゃないのかしら」

 

     あと胸も、と聞こえない様に呟く。
     栞はうーんと唸りながら何かを考えていた。

 

    「運動しないと太る可能性は……」
    「あるわよ」

 

     間髪せず言われ、栞は少々凹んだ様だ。

 

    「だからと言って何も食べなかったりしたら、痩せた後食べたらリバウンドするわよ」
    「えぅ、じゃあ今から少し走ってきます」

 

     ソファーに投げておいたジャージを羽織り、家から飛び出して行った。

 

    

 

      街灯が頼りなく輝いており、暗い空には所々に星が瞬いていた。
     地面には自分の影が異形のような形になっており、吹っ切る様に走り続ける。
     額から滲み出る汗を拭い、一息を付いてまた1歩1歩ゆっくりと走る。

 

    「ふう……ようやく普通に走っても平気なくらいになりましたか」

 

     少し前の事を思い出し、空を眺める。
     思い出しながら流れた涙を拭い、過去を振り切る様に駆け出した。

 

     

 

      ふう、と息を付き街灯の下で息を整えていると見なれた女性の姿が走っていた。

 

    「あれ? こんばんは栞ちゃん」
    「こんばんは、名雪さん」
    「何しているの?」
    「……ちょっと深い事情です」

 

     ふーん、と名雪は頷いて服装を見て事情が分かった様だ。

 

    「香里と喧嘩したわけじゃないみたいだね」
    「前みたく毎日、喧嘩みたいなのしていませんよ」

 

     あんなのしていると余計疲れますし、と笑いながら答えた。
     暫し、沈黙がその場を支配する。
     沈黙を破るため会話を切り出したのは名雪だった。

 

    「それにしても、会ったのはあの時の百花屋以来だよね」
    「そうですね」

 

     あの時とは、バケツサイズのパフェを4人で食べても終わらなかった時だ。
     今、思い出しても笑ってしまうサイズだった。
     色取りのフルーツやアイスクリームなどが大量に乗せられていた物だった。
     思い出すだけでお腹が膨れる時が今でもある。
     今思うとただ笑っている時の思い出が欲しかったのかも知れないと栞は思った。

 

    「……栞……栞ちゃん?」
    「あ、すみませんあの時のこと考えていたので」
    「あの時、初めて栞ちゃんが香里の妹だと知ったよ」
    「お姉ちゃんに隠されていましたから」

 

     今はもうそんな事無いですけどね、と呟く。

 

    「何があったとかは聞かないけど、もう香里との仲は大丈夫でしょ?」
    「はい、もうお姉ちゃんとの関係は良好になりましたから」

 

     うんうん、と頷きながら栞の頭を撫で始めた。

 

    「良かったね栞ちゃん」

 

     栞はこそばゆい表情を浮かべ、涙と嗚咽を流した。

 

     

 

    「じゃあ、そろそろ行くけど一人で帰れる?」
    「そこまで子供じゃないですよ」

 

     プクッー、と頬を膨らませながら抗議する栞。
     えい、と名雪は人指し指で栞の頬を突いて気の抜けた音が響いた。

 

    「百花屋であのパフェをまた挑戦しようね」
    「はい、また私と名雪さんとお姉ちゃんと祐一さんで挑戦しましょう」

 

     そして、約束をして二人は帰路についた。

 

     

 

    「ただいまー」
    「お帰り、栞ちゃん」

 

     出てきたのは母親だったので香里の事を聞き出した。

 

    「お姉ちゃんは?」
    「さっき、絶叫を響かせて青い顔をしながら飛び出して行ったわよ」

 

     栞はここにいない名雪に向けてあやまった。
     ごめんなさい、名雪さん。
     お姉ちゃんがダイエット始めたので暫らくあのパフェを食べに行けそうもありません。
     でも……今度は何時でも行けますから待っててください。

 

 


 

 

     久しぶりに栞が主役です。
     ダイエットだけじゃ厳しいので名雪を絡めてみました。
     時期は栞のエンド後の数ヶ月後あたりです。