何かが割れる衝撃が響き、そこには蜘蛛の巣を張った様な模様が描かれた。
月光によってキラキラと反射しながら、それは床にばら撒かれた。
細かく割れた物もあれば、大きな破片も床に落ちていた。
割れた鏡には様々なサイズの蜘蛛の巣を張っており、そこに映し出されたのは自分自身。
それは歪な顔をした自分自身が口を歪めて笑っていた。
あたしは、さらに力を込めて自分を殴るがますます歪むのが分かる。
拳は既に深く裂けており、けれど痛みは感じなかった。
鏡には赤い斑点が飛び散って、赤い花火が複数描かれていた。
床は同様にはならず、1点だけが小さな水溜まりとなって汚れていた。
……掃除が大変ね。
そんな事を考えてみるが感傷は何も湧かない。
もう既に、何も感じなくなっているあたしには無意味だった。
栞がいなくなった事であたしは痛みが無くなっていた。
向こうの自分はあたしが栞を殺したと呟く。
それの否定はしない。
あたしが栞を殺したのは事実だから。
あたしは切れた拳を治療しないまま放置を決め込んだ。
手のひらは既に真っ赤に染まっており、ペロリと妖艶に血を舐め上げる。
唾液と鉄の味が混じりあい、あたしは眉をしかめて不味い血を吐き出した。
べちゃり、と交じり合った不純物は床に潰れ新しい模様を描いた。
大小の割れた鏡を払いのけて、あたしは床に座り込む。
髪を鬱陶しげに払うと、小さな鏡の破片が指に傷を付けて零れた。
さっきと同じ様に舐め上げる。
今度のはさっきより美味な感じが味覚を訴える。
傍には払いのけた鏡があたしを映し込んでいた。
人には見せられない様な酷く歪みきった顔がいくつもの鏡の破片に浮かんでいた。
鏡に写っているあたしが本当の自分の様に思えてくる。
まるであたしの心が鏡の向こう側に行ったような感覚に陥る。
――――馬鹿馬鹿しい。
ならばここにいるあたし――――美坂 香里は何なのだろう。
耳元で音が微かに響く。
あたしは辺りを見回すが、電気を切っている薄暗い部屋には何も見えない。
外で光っている月が頼りなので、あまり当てにはならない。
立ちあがって電気を付けるのも億劫なのに動く気にはならなかった。
――――ちゃん。
また、幻聴があたしの鼓膜を響かせる。
あたしは幻聴につられる様に億劫な身体を動かした。
べチョリ、と白い壁はあたしの血によって芸術的な線を引いていた。
指と手のひらを元に描かれた線は途切れる事無く伸びて行った。
持ち主がいない部屋は埃の匂いが充満していた。
壁には1週間と一日しか着ていない制服が新品同様で掛けられていたが薄っすらと埃が被っていた。
カーテンは開けっぱなしで持ち主が無くなったままの状態だった。
「……やっぱり、幻聴かしら」
あたしは部屋の中を見回すが何の変化も見られず出ようとした。
……違和感を感じた。
立て掛けられた鏡から感じる違和感。
あたしは躊躇い無く近づくが変化は少しずつ起こった。
鏡は本来、写った物が左右対象で現れる。
しかし、この鏡はあたしでは無く何故か亡くなった栞が写っていた。
あたしを恨んでいる目付きで睨んでいる。
――――こっちおいでよ、お姉ちゃん。
あたしは幻影を振り払う様に赤く染まった手で鏡を殴りつけた。
パリン、と蜘蛛の巣を張った鏡に身近にあったイスを叩きつけて粉砕した。
――――痛いですね、でも無駄ですよ。
複数になった鏡が耳をつんざく様に響かせた。
あたしは耳を抑えて、その場で蹲るが幻聴は途切れる事は無かった。
……ああ、この幻聴から逃れるには一つしかないとあたしは思った。
目の前に転がっている鏡の破片を強く握った。
赤い雫が床に漏れて、花火のような模様を作り出した。
――――ふふっ、それで良いんですよ。
最期に聞こえたのは鏡が割れた様な音だけだった。
話としては栞BadEnd後のBadルートです。
煙草はBad後の通常ルートですのでこっちの方がダークです。