電話の音が鳴り響く、ゴールデンウィークの午後。
秋子は電話の音に気付いて、パタパタとスリッパを打ち鳴らしながら受話器の元に急ぐ。
相手の声は秋子にとっては、聞き覚えがある声だったので直ぐに誰だか
分かったようだ。
「久しぶりですね。香里ちゃん」
凛とした香里の声は秋子にとっては電話越しだが、久しぶりに聞く声であった。
「名雪ならまだ寝ていますよ? え、祐一さんですね」
秋子は少しからかってデートですか?、と質問すると歯切れが悪い答えが返って来た。
あらあら、と口には出さないで心の中で呟いておく。
秋子は電話を待機中にして、二階の自室でのんびりしている思われる祐一を呼びに行く。
「祐一さん、香里ちゃんから電話ですよ」
ノックをしつつ、要件を伝えると秋子はリビングに向かって行った。
祐一は携帯に掛かってこない事を珍しげに思いつつ、電話の元に向かう。
待機中となっている電話を取り、挨拶を言う。
「携帯に掛けないのも珍しいな。で何の用だ?」
香里はどもりつつ、私とデートしない?と言ってきたので祐一は暫らく沈黙をしてしまった。
ソファーに座っている秋子が微笑みながら、祐一と香里の電話のやり取りを見守っている。
電話では香里が呼びかけているが祐一は反応せず、電話は耳元にあてたままだ。
祐一は何かが釈然としないままだが、一応了承はしたようだ。
「じゃあ、後でな」
ふう、と小さく溜息を吐いて祐一は喜色満面な表情になっているのが自分でも分かる。
何かが釈然としないが、女性からデートを誘われたら男なら誰だって嬉しいだろう。
祐一は香里から誘われたので、スキップをしながら自室に掛け込んで行った。
そして、待ち合わせの場所。
駅前に1つだけある木製のベンチに座り、香里が来るのを待つ祐一。
ゴールデンウィークの真っ最中なので人が溢れており、様々な人が買い物などを楽しんでいるのだろう。
「お待たせ」
祐一が視線を上げると、いつもと雰囲気が違う香里が佇んでいた。
香里の服装は白のワンピースにデニム生地のジャンパーを羽織っており、足元はミュールとなっていた。
祐一は制服以外で香里がスカート類を穿いているのをあまり見た事ことないので、口を空けたまま固まっている。
「おかしい、かしら?」
香里はワンピースの裾を摘んで、ふわりとその場で回転して見せる。
周りに居た人々も香里の動きに目を奪われていた。
「いや、おかしくは無いが……」
祐一は誉める事が苦手なのか、頭を掻きながら香里の事を直視出来なかった。
取り敢えずは誉めたようだが、恥ずかしいのでどもりながら答えていたので香里は不機嫌そうに頬を膨らませた。
まぁ良いわ、と香里は言いながら祐一の腕に抱き付きながら歩き出すので祐一は僅かによろけた。
その後、香里はゲームセンターでモグラ叩きで0点を出してよっぽど悔しいのか連コインをして少し得点を上げていた。
連コインをしても上がったのは20点だけだったので、祐一は笑わない様にするのに我慢している所為で身体が小刻みに震える。
すると、香里はモグラ叩きのハンマーを基盤に叩き付ける様に投げてしまった。
「あーもう、次に行きましょ」
やれやれと肩を竦めて、祐一は後を追う。
次に寄った店は百花屋であり窓際の席に座って人の流れを眺めながら、香里はアイスコーヒーとバニラアイスを頼む。
祐一はアイスコーヒーだけを頼んで、香里と色々な会話に花を咲かせる。
暫らくすると、頼んだ品物が運ばれてきて香里はさっそく手を伸ばしてバニラアイスを至福そうに口に運ぶ。
「今日はいつもと違うな」
「そうで……かしら?」
香里は言い終わると、溶けかかっている残りのバニラアイスを一口で掬う。
完全に溶けたバニラアイスが器の底を白く濁らせており、夕日を浴びてオレンジ色に輝いていた。
「さて、最後の場所に行くわよ」
祐一は二人分の勘定をすませて背中に店員のありがとうございました、と言う声を浴びる。
最後に来た場所は無機質な物体が多数並べられており、どれも同じ形をしている。
空は既に赤とオレンジが交じっており、祐一は先を歩く香里の影を眺めながら後を付いて行く。
香里が立ち止まった場所には、キチンと整えてある石が置かれていた。
美坂家乃墓と彫られている墓石。
「今日は楽しかったか? 栞」
「あれ、ばれていましたか」
あっけからんと言う栞だが、香里の表情で言っても似合わないと思ったのか香里の口調で言い直す。
が、無理して真似をしているので逆に祐一は笑い出してしまった。
「いつから分かっていたんですか?」
「電話の時に"私"と言っていたし、モグラ叩きで0点とか、バニラアイスの事とかで」
つまり、全部。
はぁ、と肩を落とした栞は無駄でしたかと呟く。
「……似合わない事はするなって事だろう」
「ひ、酷いです。私だってお姉ちゃんみたくなれた筈です」
この言い方は過去形であり、栞はとっくに死亡している事を現わしている。
つまり、栞は香里の身体に憑依して祐一とデートしていた事になるが二人には問題では無いようだ。
どうやって上から来たかは、好奇心の方が勝るがグッと押さえて聞かない事にしておいた。
「で、どうしてお盆じゃないのに来たんだ?」
「んー、ゴールデンウィークだから遊びに来たと言っておきます」
こっそり抜け出して、と説明を付け加える。
祐一は入院していた時と同じだろ、と突っ込むが栞はあっさりと流してしまう。
が、二人にとってはこれが当たり前であった。
楽しい時間もそろそろ終わりが近づいて来ており、会話が減ってきている。
「祐一さん、帰る前にキス良いですか?」
「ああ、良いぞ」
祐一の目の前にいるのは香里だが、中身は栞なので祐一は外見から香里とキスをする感覚に陥る。
スッ、とゆっくりと唇を合わせると目を閉じていた香里が目を開ける。
ん!!、と驚愕が満ちた声が香里の口から漏れる。
「……っ、何するのよ!!」
パチーン、と気味が良い音が墓地に響き渡った。
どうやら栞はキスをされた寸前に香里の身体から離脱したので、最後は栞からの悪戯を実感した祐一。
香里は肩で息を吐くと、首を傾げて何故ここに居るのかしら?、と疑問が尽きそうもなかった。
祐一は説明を求められたがどう答えたものか迷っており、内緒とか言われてないので、ありのまま事実を話す。
「まったく、人の身体を勝手に使って」
香里は信じているらしく、しきりに溜息を吐いていた。
どうせなら相沢君に憑依して会いに来なさいよ、と物騒な事が聞こえたが祐一は黙っているしかなかった。
「次はあたしが栞に会いたいわね」
香里は夕日を眺めながら、かき消えるような声で呟いた。
珍しく、ちょっぴり非日常なSSになりました。