新しいペットショップが開店してから一週間が経った。
     名雪は相変わらず、部活帰りなどに寄る事が多くなったがアレルギーは勿論直るわけではない。
     買い手付いた子猫が増えているので、ゲージが少しずつ空になっては、また新しい子猫が入ってくる。
     名雪が気に入った子猫は購入者も同じふうに思うのか、真っ先に売れていく。
     名雪が気に入った子猫のゲージには購買済みの札が今日も貼られていた。

 

    「ううっ……まただよ」

 

     名雪はがっかりと肩を落として、購買済みになった子猫を見やるが子猫は暢気そうに顔を洗っていた。
     勿論、買えるわけではないが気に入った子猫が買われるのは悔しい。

 

    「あら、また来たの?」

 

     店員のおねーさんが可愛らしい子犬を抱えながら声を掛けてきた。
     気さくそうな表情で名雪に向かって微笑んでいる。
     一週間も何も買わないで通っていれば、顔は自然に覚えられてしまった事を失念していた名雪だった。
     名雪は苦笑いを洩らしながら、頭を掻く。

 

    「買えば良いのに……もしかしてアレルギー?」

 

     名雪は頷くしかなく、店員のおねーさんはあっちゃーと天井を仰いだ。
     あはは、と誤魔化すように笑いながら済まなそうにおねーさんは謝ってくる。

 

    「猫ばかり見ているから、猫アレルギーでしょ?」
    「そうなんですよ。しかも重度で」

 

     いつかアレルギーの特効薬が出ると良いね、とおねーさんは名雪を励ます。
     子犬も名雪を励ますようにワンと鳴く。
     ありがと、と呟いて子犬の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

 

 

     はぁ、と小さく溜息を吐きながら帰路に着く。

 

    「何で、アレルギーになっちゃったのかな」
     どうせなら他のアレルギーの方が良かったよ、と無駄な事を呟いているうちに家の前に着いていた。

 

    「ただいまー」
    「お帰り。今日も行ってきたの?」

 

     うん、と頷いてからトントンとリズム良く階段を上がって自室に向かう。
     名雪は制服のままで、ベッドに倒れこんで寝転がり制服にしわが付くのを気にしない。

 

    「犬も、良いんだけどやはり猫が良いよぅ」

 

     携帯の待ち受け画面に映っている子猫の写真を見て恍惚な表情になる。
     その子猫の写真は2匹写っていて一匹は眠っており、もう一匹は寝ている子猫の背中に乗っている写真。
     仰向けになって、携帯の待ち受け画像を見るがどれも何度も見た写真ばかり。
     香里に飼って貰った子猫の写真も一応、撮ってあるが見飽きてしまっている。
     不貞腐れた表情で着替えようとして制服に手を掛けようとすると、祐一がノックもせずに入ってきた。

 

    「……ノックしないで入って来ないでよ」

 

     丁度、制服のボタンを外そうとする前だから良かったもの、外し終わった時だったら大惨事だろう。
     特に祐一だが。

 

    「名雪にとっては吉報のニュースが流れる見たいだぞ」

 

     吉報のニュースと言われても、猫アレルギー特効薬の開発成功ぐらいしか思い浮かばない。
     あとはイチゴの年間生産が可能になったとか、好物に関しての事がパッと浮かぶ。

 

    「時間が無いからここで見るか」

 

     名雪の自室にあるブラウン管の小型TVの電源を付けてチャンネルを合わせる。
     タイミング良く、その特報ニュースが流れる。
     子猫の映像が流れてから、ゴシック体で書かれたテロップが表示される。
     “アレルギーの出ない猫の繁殖に成功”と書かれており名雪は暫く固まってしまう。
     思いがけない事が起こったので、脳内でテロップを反復させて居る事だろう。
     そして、ニュースが終わらない内に喜びの絶叫を響かせて、喜色満面な表情になる。

 

    「凄い喜びようだな」
    「それはそうだよ!! これでようやく猫さんを抱っこ出来るんだから!!」

 


     だが値段を見て、名雪は硬直する。      日本円で約44万もするのだから、高校生の買える値段ではない。
     名雪は咄嗟に祐一の顔に嘘泣きをしながら上目遣いするが、祐一でも流石にサッと眼を逸らす。

 

    「イチゴサンデーを止めれば、何とかなるかもな」

 

     一杯食べるたびに野口さんが一枚、羽を付けて飛んで行ってしまう値段のイチゴサンデーなのだから。
     名雪の脳内では猫対イチゴサンデーが凌ぎ合っているのだろうか、頭を思いっきり抱えて悩んでいる。
     その戦っている事を想像すると祐一は笑いを洩らしてしまう。
     どう考えて見てもシュールな映像が浮かんでしまう。
     そして、数分後。

 

    「決めたっ。絶対にアレルギーの無い猫を買ってみせる」

 

     語気を強めて、名雪は料理をしていると思われる秋子の元に移動する。
     秋子も了承するだろうし、祐一は誰もいない名雪の部屋で良かったな、と呟く。

 

 

     数ヵ月後。
     名雪の下には一匹の雪のように白い長毛を持つ子猫が来ており、直ぐに名雪は抱きしめながら別の意味で涙を流した。
     ようやく、猫アレルギーが出ないで猫を抱きしめれたのだから。

 

 


 

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