今日は陽気な天気であり、雲1つ出ていない青い空が広がっていた。
しかし、ある一軒家では陽気な天気に似合わないほど禍禍しい空気が一軒家を支配していた。
周辺住民は一切その一軒家に近づく事無く、危険探知が人より上の動物は真っ先に一軒家の周辺から去っていった。
その一軒家は何処にでもある普通の家であり、少なくとも土地が300坪など一般人にはとても手が出せない家とかでもない。
禍禍しい空気を発している家の表札には水瀬と書かれていた。
家の住民達は禍禍しい空気に当てられたのか、一部の人物を除いては部屋の隅で震えている状態であった。
祐一と名雪はお互いに抱き合って震えており、恐怖を共有していると言った方が正しいだろう。
そして、この空気を作り出している人物―――秋子は虚ろな表情でブツブツと呟いていた。
その表情は祐一と名雪の方を見ている訳で無く、別の方向を向いていたが二人には確認するなどそんな余裕は無い。
暫らくすると、名雪は母親の雰囲気に押されたのか気絶をしてしまった。
祐一は直ぐに気付いたのでペシペシと柔らかい名雪の頬を叩くが、ううんと呻き声を呟くのみ。
「名雪ぃぃぃぃ、俺を置いて気絶するなぁぁぁぁ!!」
次はほっそりとした肩を掴んで、首が折れるかと言う程の勢いで揺するがそれでも目を覚まさなかった。
勿論、祐一も気絶して楽になりたかったのだろうが、そう簡単に気絶が出来るほど感性が鋭くなかった。
秋子はブツブツと何かを呼び出す悪魔教徒の様に口を動かしているが、祐一は何て言っているかは殆ど聞き取れていない。
祐一は悪魔でも出てきてもおかしくないと言いたそうだが、そんな事を言ったら本当に悪魔が召喚されそうである。
暫らくすると、祐一もこの禍禍しい空気に耐えられなくなって意識が沈んでいった。
そして、一人になった秋子は自分の目前にいる生物に対して睨んでいた。
生物も殆ど動かず、秋子に対して脅えを見せずに睨み返していた。
まさに一触即発。
秋子は何処から取り出したのか左手にスプレーを持ち、対峙している。
そのスプレーのラベルには「一発コロリ」と書かれており、目を回しているゴキブリの絵が一緒に描かれていた。
そう、秋子の眼前にいる生物は唯の黒光りする身体を持ち、誰からも嫌われるゴキブリである。
秋子にはゴキブリは生理的に受けつけないし、秋子の中では一番嫌いな生物であった。
滅多に汚れが出ない水瀬家では、このようにゴキブリが姿を現わすのは秋子にとって許せる物では無かった綺麗好きな故に。
なので、秋子は臨戦体制のためにスプレーを装備している。
睨み合っていたが、先に動き出したのはゴキブリの方だった。
カササッ、と言う擬音が聞こえそうな動きで秋子の方に詰め寄る。
が、秋子も簡単には詰めさせない様にスプレーを撒き散らして僅かに後退をする。
噴出したスプレーの匂いに顔をしかめた秋子はエプロンの裾を掴んで口と鼻に押し当てた。
ゴキブリは素晴らしい生命力を見せており、こんなスプレーでは死なないよと言いたそうだ。
しかし、バタバタと悶絶しており効果はあるのだが決定的な攻撃ではない。
ゴキブリは毒が回った身体にも関わらず、敏捷がある動きで秋子から逃げ出す様に走り出す。
もう一度、秋子はスプレーによる一撃を振る舞おうとするが、噴出が悪くなっており切れかけな物だったのが判明。
ちっ、と秋子は舌打ちをして愛用しているピンク色のスリッパ脱いでを眼前に構える。
上段に構えたのがスリッパではなければ絵になっていただろう。
それくらい秋子の殺気は鋭く、祐一と名雪が気絶するのも納得出来る。
ゴキブリは垂直の絶壁―――白い壁をよじ登って逃げようとしているようだが、秋子は逃がす気は無い。
だが、ゴキブリも唯で逃げる訳では無かった。
壁によじ登ったのは最後の一撃を食らわす為であり、そのため羽根を広げて気持ち悪い姿で秋子に突撃をする。
秋子はぎりぎりのタイミングでスリッパを下から突き上げて、胴に一撃を与えてから思いっきり腕を振り回して床に叩き付ける。
ぐちゃり、と潰れた擬音が聞こえたような気がした。
最後は近くにあるキッチンペーパーで包んで、ゴミ箱に投げ捨てる。
秋子の頭の中ではファンファレーとミッションコンプリートの文字が流れている事だろう。
「敵の殲滅完了ですね」
秋子はいつもの表情に戻っており、禍禍しさは無くなっていった。
すると、家を覆っていた冷たい空気は消え去り電線に止まっていた雀が水瀬家の屋根に戻って来た。
周辺住民も水瀬家の前を通って、何処かに行く姿がちらほらと見られるようになる。
暫らくすると、祐一と名雪も気絶状態から目を覚ますが何故か首を傾げている。
自己防衛によって禍禍しく、冷たい空気の事をすっかり忘れたようだ。
二人には何が起こったのかは知らないままが良い。
ゴキブリ一匹で秋子の雰囲気が一瞬で豹変したのだから、二人はそんな理由でと言いたくなるのは確実だろう。
「さて、そろそろ昼食にしましょうか?」
二人は同時に頷たので、秋子は昼食の準備を始める。
水瀬家は一部を除いて、いつもの様に平和であった。
本当はもう一種類のパターンがあったけど、こちらを選びました。